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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》



第31回 2026年1月6日

ヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》


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 NHKが一九五九年から招聘したイタリア歌劇団公演は八回続けられた。これがわが国のオペラ運動にどれほどのエネルギーをもたらした事か。その時のテバルディやデル・モナコの熱演は今でも語り草である。一九七六年、最後の招聘公演で《シモン・ボッカネグラ》に触れるまで、この名作について知っている日本人は極めて少なかっただろう。これは、当時オペラの殿堂ミラノ・スカラ座で、一九七一年のシーズン・オープニング以来五シーズンも人気を呼んでいたステージをそのまま移したもので、初来日のピエロ・カプッチッリをはじめ、リッチャレッリ、ギャウロフが加わったドリーム・キャストだった。だが、本場スカラ座では俊英クラウディオ・アバドが振っていた。ファンの待望は収まらず、一九八一年アバドがスカラ座を率いて来日し、異例の再公演が実現した。
 例えば、《椿姫》の舞踏会のシーンとか《アイーダ》の凱旋の場のような見ごたえのある部分はそれほどなく、むしろ聴きごたえのするオペラである。ドラマは複雑だが舞台を目で追い状況を判断するのも面白いし、登場人物の声はそれぞれに個性的なので、耳で聞き分け、物語の展開を追っても十分に楽しめる。
 このオペラは二年前に発表された《シチリア島の夕べの祈り》と同じく、背景に史実が横たわっている。主役のシモン・ボッカネグラは言うまでもなく、古代ローマの栄光を再びと叫んだリエンツィ(ヴァーグナーの同名のオペラの主人公)やペトラルカにも話が及ぶ。ローマの革命家リエンツィを支援し、彼の死後ヴェネツィアに移り総督マリン・ファリエールと親交を結んだペトラルカがこのオペラにある様に、ジェノヴァの仇敵ヴェネツィアとの和平を統領シモン・ボッカネグラに促したとしても違和感は無いし、事実、彼らは年齢も近かったようだ。さらに、このオペラの中でも描かれているジェノヴァでの様々な対立は百年先にも及び、コロムブスがジェノヴァを離れざるを得ない状況をも生むのである。

 ブルックナーほどではないが、ヴェルディもまた改作の多い作曲家だった。《マクベス》は十八年の期間を置いてパリ版を手掛けており、サンクトペテルブルク初演の《運命の力》は七年後、《ドン・カルロ》は十七年経ってから五幕版を四幕版に改作している。この《シモン・ボッカネグラ》もオリジナルのフランチェスコ・マリア・ピアーヴェの台本によるものに二十四年後、ボイートが手を加えている。この場合、ヴェルディには来たる《オテロ》の台本をボイートに依頼するための、手並み拝見という意味合いもあったようだ。
 私は、第一稿の台本作家ピアーヴェの才能を高く評価している。《エルナーニ》に始まって《マクベス》、その後いくつかの作品を経て《リゴレット》と《椿姫》を矢継ぎ早に世に送り、特に《椿姫》においては、オペラ史上頂点に輝くと言っても良いほどの出来である。この《シモン・ボッカネグラ》はボイートが全面的に加筆したために、ピアーヴェは過小評価される嫌いがあるが、《ドン・カルロ五幕版》を仕上げてから亡くなるまで、ヴェルディのオペラ約半数の台本を書いた男である。果たして、モーツァルトとダ・ポンテ、リヒャルト・シュトラウスとホーフマンスタールのように、ピアーヴェ無くしてヴェルディは歴史に大書される作曲家になっただろうか。
 いずれにせよ、《シモン》の改作に手を付けたのはピアーヴェが死去してからであり、自分を成功に導いてくれた恩人への配慮がヴェルディにはあったのだろう。そのような意味から、ヴェルディには台本作家のピアーヴェ、そして青年ヴェルディを支え続けたブッセートの有力者アントーニオ・バレッツィという生涯二人の恩人があったと私は思う。なお、バレッツィはヴェルディの最初の妻マルゲリータの父でもある。

 選挙の票の取りまとめという策謀で幕を開け、統領が死に際で、己の権限によって次期統領を指名するという共和国にあるまじき行為で幕を閉じるのをはじめとし、このオペラには辻褄の合わぬ部分が数多く指摘されている。それを、台本作者ピアーヴェやボイートに帰するものとして取り沙汰されているが、それ以上に原因はヴェルディ自身にあったと私は推測している。通常、作曲家と台本作家のやり取りは頻繁に行われ、原作を大きく変更しないという前提のもとに、互いにドラマ性を優先させた展開を考えて検討し合うのだろうが、当然のことながら、ヴェルディは音楽的な効果と劇的効果のバランスを常に考慮した。 改作の理由はヴェネツィア・フェニーチェ座における初稿初演の失敗であり、四年前同じ劇場で冷たい反応を得た《椿姫》が次第に人気を回復したのに比して、《シモン・ボッカネグラ》はその後も鳴かず飛ばず。その原因ははっきりしていたと私は思う。ヴェルディが《シモン》において果敢にも試みたのは、それまでのアリア中心の構成を捨て、ドラマ性を重視することだった。だが、それが当時のイタリア人に受け入れられるには早すぎた。ヴェルディは気がついていた。何故なら、その後改作までの間に創られた《仮面舞踏会》《運命の力》《ドン・カルロ》は《シモン》と比べていずれも豊富な「歌」があり、感動的な合唱を持っているのである。つまりヴェルディは、《シモン》で試みたドラマ重視を《シモン》の不評ゆえに取り下げ、従来の音楽重視に切り替えたのであった。
 さて、初稿と改作との間にある二十四年という年月の隔たりに目を向ければ、この間にヨーロッパ・オペラ界の潮流は大きく変わった。それは、世界中を席巻したヴァーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の登場によるものである。ヴェルディの君臨したオペラ王国イタリアでの波及は小さかったが、ヴェルディ自身は世の変化を敏感に感じ取り、二十年を超える年月を経て、いまこそドラマ重視の新たな《シモン》を世に問うてみようと考えたのだろう。

 こうして、緊迫感は加わったが錯綜したイメージは大きく変わることの無い、改訂版《シモン・ボッカネグラ》は誕生した。聴き所は極めて多い。この物語の中での頂点は、シモンが悪役パオロに自分自身を呪わせるところにある。ヴェルディのオペラの中で、「呪い(マレディツィオーネ)」という言葉は頻出する。例えば、《リゴレット》や《ドン・カルロ》。だが、これほどの迫力を持ったことはない。パオロは「オローレ(恐ろしい)」と続ける。この部分はボイートによる大幅改訂のようだ。
 アメリアが歌う『海は凪ぎ微笑んで』はうっとりするように美しいアリアだが、彼女が身の上を語る場面の音楽はそれを超えている。まるで、スリューテルの彫刻に見るように、格調高さの中に、感情の襞を浮かび上がらせ、時には力強く表現している。その後、二人が父娘であることを互いに知る場面への盛り上がりは聴く者の胸を打ち、最後にシモンが「娘よ」と長いフェルマータで結ぶ下りは、いつまでも耳に残る。他のヴェルディの名作に比べても、この第一幕第一場の抒情性は深く印象に残る。
 バリトンとソプラノによる二重唱をヴェルディは極めて効果的に織り込んだ。この作曲家が残した功績ともいえよう。抜きん出て有名なのは《椿姫》でヴィオレッタとジェルモンによって歌われるもので、これもまた先のピアーヴェとのコンビが理想的に実を結んだものと言って良い。そして、《リゴレット》でのジルダとリゴレットとの二重唱もピアーヴェとの協力あってこそ成功を見たのである。さらに《アイーダ》をはじめいくつかのオペラの中で、ソプラノとバリトンの名場面が設定され、これをもって、ヴェルディのオペラではテノール以上にバリトンに比重が置かれていると言われる所以である。『ヴェルディの生涯』というテレビ番組では、名歌手トーマス・ハンプソンの司会により、随所にバリトンの名アリアを挟みながら進められ、落ち着いた雰囲気を生んでいた。

 《シモン・ボッカネグラ》は実に「男臭い」オペラだ。テノールが一人しか登場しないのに、強力な低声男性歌手が三人登場し雰囲気を決定づける。ところが、そのテノールと言えば、実に優柔不断で騙されやすいオテロ的性格を見せる。ガブリエーレ・アドルノ。彼は終始ドラマ展開上の道具として使われ、まるで振り子のように右や左に心が揺れ動き、あらぬことか、最後にはこの不安定な性格の若者が次期統領としての栄誉に与る。また、そもそもオペラという舞台音楽では、「死にます」とか「殺してください」とかの脅迫めいたセリフが安易に頻繁に使われるが、この作品ではあまりにも多い。やがて訪れるヴェリズモ・オペラの先触れか、はたまた、イタリア的と言って見過ごせばよいのかも知れないが、私はあまりにも直情的な表現に軽薄さが感じられ、その度「またか!」と眉をひそめたくなる。
 舞台となったジェノヴァのイメージは暗い。実際旅行中狭く入り組んだ裏通りを歩けば、アメリアをさらっていった悪人たちが今にも現れるような気がする。町のどこからも、南に歩けばすぐ近いところにリグリアの海が広がり、《シモン》の時代その港は帆船やガレー船で埋め尽くされ、水夫たちの荒々しい声が飛び交っていた。さらに外れに足を延ばせば、今度は心に沁みるようなアメリアの歌が聞こえてくる。
 時代のぎくしゃくしていた原因はローマとアヴィニョンに教皇が並び立ったことによる。それが多くの対立を生みこのオペラの背景となっている。史劇としてのバックボーンがしっかりしているところがこのオペラの魅力で、ヴェルディは余すところなく楽しませてくれる。少なくとも対訳を片手に音楽を聴けば、面白さは十分に伝わってくる傑作である。

舞台写真
  《シモン・ボッカネグラ》の舞台写真/一九七六年。
   印象的な「帆」をあしらった舞台は時代を風靡した。

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