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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》第32回 2026年1月13日 椿姫異聞 ~ 家政婦アンニーナの証言 ジュゼッペ・ヴェルディは丁度二十年後輩になるヨハネス・ブラームスと並んで、私が最も好きな作曲家である。オペラに生きたヴェルディとオペラを一曲も残さなかったブラームスの接点と言えば、それぞれに伝統から外れた「レクイエム」を書いているということだろうか。ヴェルディのそれは、信仰よりも情熱の塊であり、ブラームスのそれは哲学に近いものを持っている。ブラームスの作品の中で私は、その《ドイツ・レクイエム》が最も好きで、これを最高傑作と認めている人は多い。 ヴェルディで最も好きなオペラは《椿姫》である。台本に始まり作曲技法に目を向けても実に完成度が高い。アレクサンドル・デュマ・フィスの原作以上に台本には無駄が無く、多くの識者が高く評価する《ファルスタッフ》よりも音楽は感動を生む。しかしながら、このオペラは「覗き見趣味」と指摘されるように、娼婦と田舎貴族という身を持ち崩した若い恋人たちの取るに足らぬ三文小説として、好奇の眼に晒されることも多い。 そうした評価に居たたまれなくなっていた私は五十歳も過ぎた頃から、ヴェルディ生誕二百年に当たる二〇一三年に向けて、《椿姫》の名誉挽回のための小説の創作を始めた。この章の表記の題で進めたが、半分ほど埋めたところで興味が他の執筆に移ってしまい、《椿姫異聞》はいまだに完結していない。この劇作の舞台となった時代のフランスに目を向け、ヴィオレッタとアルフレートの生い立ちから歴史的事実とフィクションを絡めて楽しんで取り組んでいたもので、その一部をここに紹介してみたい。 ———そのお方と親しく話を続けておられる間も、奥様が感動的な光景に射竦められたように、気になって仕方のないご様子でおられたことが、私にはよく分かりました。手で招いたならば、きっと微笑みを返してくれるに違いないほどの隔たりのところで、道端の壁に少し丸くなった背を付けて、と言うよりも、力なくもたれ掛かっている少女の虚ろな目が、先程からじっと奥様に注がれていたのです。話し終えるきっかけが出来て、そのお方の後ろ姿に軽く会釈をした時には、奥様の足はすでにゆっくりと少女に向かって踏み出されておりました。それは、警戒心の強い仔猫を前にして、心からの愛情を伝えようとして近づいていくようなお姿でした。馬車の轍の窪みに溜まった淀んだ水が、踏み固められた地面にあふれ出して酸っぱい臭気を放つのも構わず、ああ、それが美しい絹の裾に跳ね上がるのも構わず、目を少女から逸らすことができなかったのでしょう。 少女に近づくにつれて奥様はゆっくりと腰を落とされました。私は水たまりを避け、急ぎ足で追いかけたので、少し遠回りをしたものの、奥様が少女の前にしゃがみこんだ時には、大分近いところにおりました。衣装に気をつけるよう奥様にお話し申し上げても、耳をお貸しになる方ではございません。それよりも、私はこれほど痛ましい少女の姿を目にするや、地味でありながらも目を奪うような衣装のことを心配した自分の心の貧しさに恥じ入りました。農家で飼っている牛の尻でさえも、この少女の髪ほど汚らしくはありません。べっとりと付いているのは泥ではなく、ふけとか脂がどれほどの時間を掛けたらこのようになるのでしょう。昨晩の雨に打たれたまましっとりしているのを見ると、少女はこの場所から動くこともできずにいたように思われるのでした。 着ているものは、垢にまみれたぼろを素肌に幾重にも巻いているとしか言いようがありません。モンマルトルの案山子の方がずっとましでした。どれほど汚れた格好をしていても体つきは年齢を隠すことは出来ませんが、この少女の顔はもはや少女のものではありません。至るところに残る治療もせずに放っておかれた傷跡やかぶれ、いたぶられた様な腫れや、栄養失調からくる吹き出物は見るに堪えないもので、顔全体は手足ほどではなくても、まるで象の皮膚のように強張っておりました。奥様は少女の髪も体も目に入らぬご様子で、聖母様のような優しさで少女の表情を見つめておりました。 振り向き加減で、奥様が「ルイ」と小声で言うのが聞こえました。いつもなら一言挟む私も、この時ばかりは放心したかのように、ためらわずに一枚の金貨を奥様にお渡ししました。まるで死人のような表情の無さで少女の腕が上がりました。老人を思わせる肌の荒れた細い腕に私の目は吸い込まれました。次の瞬間、私は落雷に打たれた様な衝撃に出合ったのです。ルイ金貨は少女の手の平に載ったかと思うや高く跳ね上がり、はげ落ちた壁に当たって地面に転がる間もなく、風のように現れた影に巧みに掴まれて・・・・・・。誰が金貨を浚うようにして逃げていったのか、それ以上見届けることは出来ません。何故なら、私の耳に激しく突き刺さってきた声の方に目をやるのが先でした。 「汚れた金はいらないよ」。差し出した少女の手の甲を打った、いいえ、奥様が話して下さったとおり、決して憤っていたのではなくて気が急いていたので、つい力が入ってしまった声の主は、少女の母親にしては年がいっていました。女は少女に劣らずみすぼらしいなりをしておりましたが、少女ほど哀れを誘いません。不思議なことに彼女の目は異様に澄み渡り晴れやかな誇りさえ感じられました。パリの町の至る所に物乞いは溢れていますが、このような輝きをした目には覚えがありません。奥様はしばらく動かずにおりました。何かに耐えている風でもありません。少女と女と、あるいは見慣れぬ光景に集まってきた好奇の輩を含めた周囲の空気をじっと感じ取っているように思われました。 奥様はもはや少女に目を向けることはありません。俯いたまま立ち上がり二人に背を向けました。私は女が少し表情をくもらせるのを見逃しませんでした。女は奥様から視線を離さず、少女は相変わらず無表情なまま少しばかり女に擦り寄っていました。奥様の心を察した私はこの場を立ち去るように促しました。待たせておいた自家用馬車に乗ってしばらくすると、奥様はぽつりと言いました。「弱者は弱者をいたわることも難しいのね。弱者同士だから返って許せないことも・・・・・・」。私はよく呑み込めませんでした。 煮え切らない思いがしばらく続いていた私でしたが、すっかり忘れた頃になって、奥様は何かの拍子に話してくださいました。私は奥様のお気持ちに深く心を打たれ、これが淑女の鏡かと、話に聞くジュリ(ルソー作「新エロイーズ」の女主人公)を目の前に見る思いがしたのです。 「私のような身持ちの悪い女になる理由は転がっている石の数ほどあるのよ。貧困、失恋、戦争などの不遇によるばかりでなく、嘲笑を背に感じながら自ら踏み込む方も多いわ。でも、物乞いに生きる方たちの理由はいつでも同じ。善良に生きるためのすべての手段を失った時、最後に残っていたたった一つの道だったのよ。パリほどお金持ちの多い都会は無いと聞いているわ。でも、お金持ちが増えれば増えるほど、お金を得る力を持たない方たちが、それ以上に多くなるのよ」。奥様は窓の格子にもたれ掛かるようにして大通りの雑踏を見下ろしながら、それはそれは悲しそうな表情をなさっておられました。 「アンニーナ。覚えているかしら」。奥様は私がお尋ねしたくてたまらなかったことを話し出して下さいました。「あの時の女の方の眼は真実に輝いていたわ。オペラやボードヴィルに集う方たちの中に、あのように自信に満ちたお顔があって。貴族やブルジョワの礼儀は繕い物。私はそれにへつらう女。貴族やブルジョワは富を守ることだけに生き、私はその姿に媚びを売っているの。明日の名誉を失うこと、明日の富を失うことに命を失うほど怖れている方たちの眼に真実があって」。奥様はすっかり憂いの消えたお顔をお上げになり、マロニエ並木の若葉の一点を見つめたまま、さらにお続けになりました。 「物乞いの方は、道行く人々に手を差し出すわ。施す力や施す気持ちのありそうな人々に。でも、あの方はおっしゃった。汚れた金は要らない、と。まるで私が盗んだお金でも差し出したように言い切った。その言葉はまるで聖天使ガブリエリ様の剣が頭上に落ちてきたように私を打ちました。あの方の言葉はどこまでも正しい。それだから私は、どれほど高名な方に打ちのめされるよりも辛い思いをしたのよ。残り少ない命だけれど、この言葉は死ぬまで胸に刻み込まれるでしょう」。奥様は長いこと冷たい暖炉の石に手を当てたまま俯いておられました。私は人の価値を富ではなく善意で測る奥様の姿が輝いて見えました。奥様は願っておられるに違いない。あの痛ましい少女と、澄んだ目をした物乞いの女が、日々の糧を得る力に恵まれますように、そして、奥様ご自身を含めて、この世から弱者が、いつの日か姿を消しますようにと。——— オペラや原作の筋書とは全く離れた私の思い入れ一つで話を進めている。「異聞」とすれば何一つ憚ることは無いだろう。アンニーナはオペラでも登場する家政婦であり、彼女の目を通してすべてが語られる。こんなことに気持ちが動いたのは、非難の矛先が向けられるアルフレードが気の毒になったからに他ならない。プロヴァンス出身の田舎青年がノルマンディーの小村からやって来たヴィオレッタに恋をする。二人に共通するのは共に馬の産地を故郷に持つということだけだ。そしてアンニーナはイギリス人であるが中々の切れ者で、忠実な召使いである。多くのドラマで観るように、イギリス執事の格調の高さは良く知られる。アンニーナもそうした資質を備えた女として、興味深い登場人物たちを改めて描いてみたいと考えたのだ。 ![]() ルネ・ドリア主演《椿姫ハイライト盤》のジャケット サインには私の名yamadaが見える。 |