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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》第21回 2025年10月28日 メンデルスゾーン《聖パウロ》 ヴィーン美術史美術館に《サウロの回心》というパルミジャニーノの名画がある。天俄かに掻き曇り閃光が走ったことに仰天し棹立ちになった馬から、男が振り落とされた瞬間を描いている。一五二六年、ローマに住んでいたこの画家は、歴史的な出来事である神聖ローマ帝国皇帝カール五世のローマ侵入の際、画家を含む多くの住民が犠牲になり、命からがらローマを離れ、翌年描いたのがこの絵である。当年二十五歳にして極めて完成度が高い。ちなみに彼はモーツァルトより僅か一年長い三十七歳で夭折している。 これは聖書物語(使徒行伝)の一節である。聖ステパノが異教徒の投石によって殉教するのを黙殺した男サウロは、キリスト教徒迫害の異教徒を率いた首領であった。剣を携えて次の目的地に向かう途中、天からキリストの声が聞こえる。その場面を描いたのがこの絵で、天を見上げるサウロに比して、パルミジャニーノは馬の目を、絵を鑑賞する者に向けさせ、「主役は私よ」と言わせている。小ぶりな顔に逞しい首と胴体。明らかにデフォルメされた馬の美しいプロポーションはマニエリスムの典型である。 絵の場面は話の頂点に当たる部分で、起き上がろうとするサウロの耳に入ったのは、「お前は何故私の民を苦しめるのか、これより私を神と崇めよ」というイエスの声。これによってサウロはキリスト教に改宗し、名を「パウロ」と改める。この場面でサウロに使われたのが「目から鱗が落ちる」という言葉の起源らしい。絵の中でサウロの足の下に敷かれた剣は彼の恭順を示している。ちなみに、タイトルを「パウロの改宗」とする画集などもあるが、この時点ではまだ改名をしておらず、また、改宗したのはパウロでなくサウロなのだから、「サウロの回心」が正しい。絵は、《サウロ》の物語を凝縮しているが、メンデルスゾーンはオラトリオ《聖パウロ》という一連の音楽で描いた。 画家と作曲家の間には多くの共通点がある。片や南ヨーロッパ、片や北ヨーロッパにあり、新しい時代の夜明けを標榜した。それは、バロック絵画の幕開けであり、一方ではロマン主義音楽が絢爛と花開く。余りに一致するのは、メンデルスゾーンが《聖パウロ》を作曲した時は画家より一歳年上で、さらに画家より一年だけ生きながらえて夭折しているという事実。加えて、先の時代のラファエルに範を取って描いた画家同様、メンデルスゾーンもまたバッハやヘンデルに倣ってこの音楽を書いた。しかも、『サウロ=パウロ』という同一テーマを画家にせよ作曲家にせよ、光彩を放つような明るさで描いている。三世紀という時を隔てた絵画と音楽が、何という符合を見せていることか。 メンデルスゾーンの音楽はぜい肉をそぎ落としたようにスマートな響きと、美しい乙女の清純さを持った響きが大きな特徴であると思うのだが、《聖パウロ》の場合はより骨太で、珍しく重量感があり、気魄に満ちている。一般に十年後円熟した筆致で書かれた《エリア》の方が優れていると言われるが、漲る力強さと隙の無い一途な流れにより、《エリア》に劣らぬどころか、むしろ《聖パウロ》は大傑作であると私は思う。もちろん、どちらの作品も大バッハと比較すれば熟練の度合いは違うが、メロディーを生む天才の手になるだけに、次から次と繰り出す名旋律は俗に陥らぬよう襟を正して作られており、決して耳を離せない。 音楽はいささかも軟弱でなく、起伏に富んでおり、コラールを挟むなど大バッハへの傾倒を窺わせる。基本的に和声的であり、主題の反復などの手法は古典派を受け継いでいる。メンデルスゾーンはとうとう爛熟したロマン主義にはなりきれぬまま夭折した。彼の音楽の純粋さと優美さこそは、もっと齢を重ねていれば極めて情緒的な美しさに溢れた誰も到達できないメルヘンの世界を生み出したことだろう。 二つのオラトリオ作品の違いは、「信仰の深さ」や「異教徒との対立」をテーマとしながらも、片やエリアという主人公が全編を通して不屈の信仰心を持ち、英雄的な存在として描かれるのに対して、パウロは当初キリスト教徒を断固迫害した異教徒であり、その回心が主題となっている。ここに一人の人間としての弱さがあり、この話に触れる者は共感を覚えるのだろう。回心後の布教・伝道の場面で物語は少し惰性に流れるが、音楽は相変わらず変化に富んでおり退屈させない。 サウロのキリスト教徒への迫害の強さは異教徒としての信仰心の強さにあった。自己信仰への帰依の強さが異教(キリスト教)迫害への道を歩ませたのである。彼の回心という効果を高めるために、サウロをできるだけキリスト者から遠ざけるほうが良い。つまり、色分けをできるだけはっきりさせなければならない。そのために彼はキリスト教迫害集団の首領となるのである。 さて、ただ一つの方法は彼の信じやすさを利用したもので、サウロを神(キリスト)の出現に出会わせることである。十二使徒は別としてイエスをその目で見た者は少ない。聖セバスティアンやモルモンなど稀である。イエスの声にサウロはひとたまりもなく回心する。これは、戦いにおける敵将の寝返りにも似ている。キリスト教信仰の上で、どれほど深く異教に帰依している者でも、キリスト教優位の前に屈すると言っているのだ。だが、この経緯を信ずる者はこの逆のことが起こり得る可能性を考えたことは無いのだろうか。すなわち、敬虔なキリスト教信者が信仰を捨て仏教徒になってしまうとか。 砂漠を歩くサウロの前にキリストが現れる場面の神々しさは、《パルジファル》やシマノフスキの《ロジェ王》に現れた奇跡と同質の厳かな雰囲気を感じる。加えて、バッハをモデルにした幾つかのコラールは時代性を反映してバロック時代の素朴さには欠けるが、十分な落ち着きと敬虔な魂が宿り、音楽全体の構成を見事に区分することに成功した。これらの類まれな音楽は《エリア》に優る。 パウロの話には素直に頷けない部分もある。それは、主イエスが何度も登場することや、異教徒としてキリスト教を迫害し続けた、いわば大罪を持つ者が、迫害の中途にして神から選ばれて改宗するという極めて容認しがたいストーリーである。「グロリア」という映画は犯罪者をおとり捜査に使うものだったし、「鬼平犯科帳」では改心した犯罪者たちが鬼平ファミリーの一員として世直しに加わるもので、こうしたドラマの古いヒントが聖書物語に隠されていると言うのは実に面白い。 多くの研究家はユダヤ一族であった財閥メンデルスゾーン家がユダヤ教からキリスト教に改宗したことと、パウロの回心を結び合わせていると言うが、私にはメンデルスゾーンがそれに基づいて取材したとは思えない。現にメンデルスゾーンの作品《最初のワルプルギスの夜》では、古代信仰のドルイド教徒が奇策を用いてキリスト教徒に打ち勝つ結末となっている。メンデルスゾーンは聖書物語によるオラトリオを他意無く作曲したに違いない。 メンデルスゾーンの音楽だけに劇的な回心の場面でさえ、美しさが優っている。われわれはその部分に注目していれば感動を得るが、時には知らぬうちに通り過ぎてしまう。それほど回心の場は流れの中に埋もれがちである。コラールにせよ大バッハの霊感には敵わないし、合唱部分は四重フーガや速いパッセージによる声部の絡み合いなどもほとんど無く、大バッハ研究の成果はあまり見いだせない。合唱小品にまで入念な作曲技法を見せたメンデルスゾーンの能力が何故か感じられない。だが、技術的に困難な箇所が少ないこの作品は、アマチュアの合唱団にも積極的に歌われるように意図して作曲されたのかも知れない。 ケルンでの公演では客席が三割しか埋まっていなかったので、誰もが自由に移動しており係員は黙認していた。パリではこんな時係員が席替えを勧めてくれ、イギリスでは決して許さず頭が固かった。こんなところにもお国柄が出るのだ。また、メンデルスゾーンの本場であるライプツィヒで聴いた《聖パウロ》は感動できなかった。それにも拘わらず、日曜日のマチネ公演ということで老人が多くを占めた客席からは温かな拍手が送られた。その響の中には不満などいささかも感じられない。私は自分の聴き方に自信を失った。私の聴き方は奇を衒っていたのかも知れない。居並ぶ老夫婦連れは理屈抜きで音楽を楽しんでいた。 この日の午前、私はトマス教会でバッハを聴いた。そこで喜びの表情で聞き入っていた人々と、目の前を埋め尽くしている聴衆の姿は二重写しになった。祖先たちから町の誇りとして聴き継がれてきたバッハとメンデルスゾーンを聴き入っている人々にとって、その音楽は日常にすっぽりと包まれて、彼らの心の中には本質だけが入り込んでいく。私との差は歴然としている。私の接し方はあまりに能動的ではないのか、こうした聴き方を続ける限りいつまでたっても心に届いてこないのかも知れない。 この日の記録は六十歳を越えたばかりの私の愚痴で埋められていた。「恵まれた境遇の中で音楽を聴き続けていた私の中にも、こうした多くの葛藤がある。未整理のまま埃をかぶっている音楽会の記録に目をやれば、やみくもに己の経験を綴っていることがやりきれなくなり、己が道化にも思われてくる。すべてが不毛に帰してしまうかもしれない。それでも、決して気を緩めることなく行動にいっそう真剣味を加え、疑いを持たずにひたすら邁進するのだと己に言い聞かせていなければ、また、こうした情熱を保ち続けなければ、脆い木の根など小さな風にも押し倒されて、再び立ち上がれなくなるだろう」と。 ![]() パルミジャニーノ《パウロの落馬》1527/28 ウィーン美術史美術館 |