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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》



第17回 2025年9月30日

蝉の話


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 子どもの頃から蝉が大好きだ。敗戦の翌年に生まれた私は蝉が鳴くのを聴いたら、もはやじっとしていられない。靴を履くのもじれったい気持ちで外に飛び出し、空き地の目立つ町を捕虫網の代わりに手拭いで作ってもらった袋を先につけた、背丈の三倍もある物干し竿をがらがらと引きずって、鳴き声の方向を見定めて走り出す。当時は車の邪魔になるなど考えたこともない。せいぜい、たまに出合う自転車やリヤカーに気を付ければよい。
 手拭いを調達できないときは針金を輪にしたものを先につけ、歩きながら目に入った蜘蛛の巣に竿を伸ばして、先端に取り付けた針金の輪に網目の巣を巻き付ける。蜘蛛は急いで逃げるので一緒に捕ってしまうことは滅多にない。お分かりだろうが、この粘りで蝉を狙うのだ。一つ二つの巣では役立たないので五つは必要である。鳥もちを使う子も多かったが、採った後の蝉のもがきが気の毒だったので、私は蜘蛛の巣専門。なぜなら、羽についた蜘蛛の糸は取り除きやすかった。もっとも多く見かけたのがジョロウグモの巣だったが、これは粘りが悪くオニグモと呼んでいた黒くて大きな太ったやつの巣が最適だった。
 蝉は家を出れば至るところで鳴いている。だが、よその家の塀を越えて竿を伸ばすのは経験上避けていた。庭木を傷つけて大目玉を喰ったことがあったからだ。緑の多い場所へ行くまでは、途中、電柱で鳴いている間抜けなやつを見つければ捕まえた。木箱に網を張った虫籠の中に木の枝を二三本入れ、捕らえた蝉を片っ端から入れる。蝉捕りはたいてい学校に入学してから興味を持つ。何故なら長い休みの課題として昆虫採集をする男の子が圧倒的に多かったからだ。シーズンは夏休みの少し前から始まり、盆を過ぎれば蝉は少なくなった。
 慣れないうちは手当たり次第数を増やしたが、高学年の子らの様子を見て少しずつ学んでいった。手本となる標本を拵える者は何人かいた。蝉を縦横美しく並べ、出来れば種類別に雌雄を組み合わせるのが良い。そのうちに、展翅といって、左右の羽を形よく広げたり、片方だけを広げたり、曲がったり伸びきったりしている六本の足を形よく揃えたりする方法も覚えた。それに、蝉を仰向きにしたり、あるいは横向きにしたのを加えれば一種の蝉だけでも変化に富んだ標本が作れることも学んでいった。要するに標本とはあらゆる方向から観察できるように作られるものなのだ。そんなこともあって、むやみやたらに捕っていた私も、完成した標本を念頭に置いて採集するようになって行った。

 真っ先に数が増えたのはアブラゼミ。外に出てものの五分もしないうちに数匹捕まえられた。制限なしに捕ったら籠の中は八割方がアブラゼミで埋まる。次はミンミンゼミ。この二種の蝉はまず捕り逃がさない。夏休みに先駆けて早くから少し甲高い声で鳴いているのがひと回り小さなニイニイゼミ。ハルゼミとも呼ばれたくらいだから、一番先に羽化する蝉だった。桜の木が好きで、木肌と似ており体つきが少し扁平なので見つけにくかった。だから、夏休みに入ってから蝉捕りを始めると、ニイニイゼミを欠かすこともある。こんな時は友達とそれに見合った蝉と交換した。ニイニイゼミの鳴き方は変わっていて、ジィーとブレスなしで延ばすが、途中で急にピッチが変わる。分かりやすく言うと、救急車が通り過ぎた後、音が急に変わって聞こえるのと同じだ。
 アブラゼミとミンミンゼミのいるところには決まってツクツクボウシがいた。ニイニイゼミより小さく羽が透明なので見つけづらい。幹に留まっているのは珍しく、だいたいは小枝に付いているので、横から見て初めて分かる。「ツクツクオーシ」という声が「つくつくおーいし」と聞こえ、幹を突つけば甘い樹液が吸えるから「突く突く美味しい」と鳴くのだと感心した。「ジッジッジッ」と警戒しつつ助走をつけるように小さく始まり、「ツクツクオーシ」を繰り返す。ここで、結構リズムの乱れる蝉が多い。それに続けて「ツクツクイーオース、ツクツクイーオース」とリタルダンドをかけながら音量は先細りになり、「ジュワジュワジュワジュワ」と締めくくる。短くも実に音楽的な起承転結を持った構成であり、生まれながらの能力だが、蝉とはいえ見上げたものだ。「ジュワジュワ」が終わるや、弾けるような速さで飛んでいくので、遅くとも「イーオース」の辺りで捕らえなけらばならない。何故なら、同じ木で繰り返し鳴くことは少ないからだ。
 夕方になれば悲しみを誘うヒグラシ。誰が名付けたものか、一日の終わりの風情によく似合う。「カナカナカナ」と七度以上は繰り返すだろうか。この蝉は鈍感な上、背の低い木を好むので、そっと近づいて手づかみで容易に採れる。もう一つ、杉の木の高いところで「ギーギー」と長いフェルマータをかけたよく通る低音を聞かせるのはエゾゼミかひと回り小さなコエゾゼミ。私の町仙台ではクマゼミがいないので、エゾゼミが一番大きい。橙色と黒のバランスがお洒落な美しい蝉で、体はややスマートだ。登って採るのは骨が折れるがコツがある。木の根元から一メートルほどのところに体当たりすると、驚いた蝉が高いところからストンと落ちてくることがある。自信があれば、幹を足で思い切り蹴っても良い。ひと夏に一匹採れれば自慢できたのがチッチゼミ。水場の草むらなどで「チッチッチッ」と鳴いている最も小さな蝉だ。掴んだら潰れそうなほど華奢な体だが、体形は紛れもない蝉である。

 大人になっても、海外に出掛けても、蝉好きは収まらない。お目に掛ったことはないが、ボルネオに王様ゼミというでかいのがいる。シンガポールのラッフルズ博物館にはたくさんの標本があった。あの辺りは昆虫の種類がやたらと多い。レコードの買い付けという仕事の最中にも、蝉の鳴き声が聞こえるとそわそわして、職業を間違えたのではないかと思う。ニューヨーク州キャッツキル山地の入口で、ニイニイゼミに似た鳴き声が半日も続いていたが、買い付けのためのレコード選びで忙しかったので確認できずに悔しい思いをした。
 そこからほど近いニュージャージー州のプリンストンでのこと。マロニエの並木で「シャーシャー」と、たくさん鳴き声がしたが、ちょっと気配を感じただけで鳴き止み、とうとう見つけられなかった。ある朝、両側がガラス張りになったホテルの廊下の外に転がっている蝉を見つけたときは胸が高鳴った。ガラスを開けることができなかったので、腹ばいになって目を近づけた。羽は透明で、体つきはコエゾゼミのようにスマート。そして体に比して羽が長かったように思われた。色は薄い青だった。今までに見た蝉の中で一番美しかった。
 蝉を神様のお使いとして大切にしているのはフランス南部のプロヴァンス。夏に訪れたことがないので出合ったことはないが、土産物店に入れば蝉に因んだグッズがやたらと多い。絵ハガキにも蝉が写っており、実に感動的だった。私はそこで手に入れた陶器の蝉の飾り物を大切にしている。プロヴァンスが昆虫学者ファーブルの故郷なので嬉しい。さらに、台北へ行ったのは夏。蝉と出会えるのが楽しみだった。案の定、何度か鳴き声を聞いた。残念ながら鳴き方は覚えていないが、白樺のように痩せて背の高い木の天辺近くにいるのを見つけた。人通りの多いところなので、皆不思議そうにして私に目を向けた。だが、そんなチャンスを失いたくはないので首が痛くなるまで見上げていたのに、羽が透明だったこと以外はどんな蝉だったか覚えていない。

 クマゼミは東京以北にはいなかったのだが、温暖化のせいで、最近は東京にもずいぶん増えたという話だ。小さい時から憧れの蝉だった。ふてぶてしい図体が良い。そして、テレビ・ドラマの背景に流れる「シャワシャワ」が羨ましかった。とうとうクマゼミに出会えたのは何と六十歳の誕生日だった。この日は忘れられないもう一つの思い出がある。その記念すべき日を私は京都で迎えた。大好きな東寺までバスで行った。その中で生まれて初めて座席を譲られた。若い女性だったが、最初私は戸惑い、すぐに自分がそんな年になったのだと認めた。それにしても、六十歳になった途端に年寄扱いされるとは。嬉しさと寂しさが入り混じった複雑な気持ちで私は頭を下げて腰を下ろした。
 東寺に着くや、まさに蝉しぐれ。池を囲んだ松やモミジなど至る所で「シャワシャワ」鳴いている。後ろめたさを感じながら観光客入口からできるだけ離れたところに行って、傍で鳴いている蝉に目をやった。何という感激、幼いころからの夢がやっと叶った。辺りに人のいないことを確かめてそっと手を伸ばしたら難なく取れた。最初だけけたたましく鳴いたが、すぐに大人しくなり、私は隅々まで眺め回し大きな満足を味わった。数年後、もっと多くのクマゼミを見たのは岡山の県庁前。わが町仙台のケヤキは有名だが、少し小ぶりながら葉の密集したケヤキに、まるでクリスマスツリーの飾りのようにたくさんついたクマゼミが燃える勢いで鳴いていた。数十匹なんてものじゃないだろう。その証拠に、根元の地面は蝉が抜けた無数の穴だらけ。喜びに浸った私だった。
 さて、昆虫採集の腕は年々確かなものになった。当時は男の子なら半数以上は箱に並べた標本が夏季学習の成果だった。中にはクマゼミを加えている不届きな奴もいて、羨ましがられるよりも、皆の憎しみを買う方が多かった。日常に捕れる種類の蝉だけを形よく並べた子に軍配が上がった。今思えば、蝉とはいえ命あるものを軽々しく扱ったことに悔いは残るが、何を手に入れるにせよ物不足の時代、それに目を細めても非難する大人は居なかった。オペラの中でマダム・バタフライは歌う。「あちらの国では、蝶はピンで刺されるとか」。それを思えば、数えきれない蝉をピンで刺した私は、蝉好きなどというのが恥ずかしくなる。

セミ
  プロヴァンス土産 蝉の絵葉書と一輪差し

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