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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》



第14回 2025年9月9日

私の美術館巡り


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 絵を描くことについては全く素人の私だが、若い頃から名画に対する関心が強く、機会があれば美術館に足を運んだ。また、積極的に画集や美術書なども買い求めた。社会人となり身銭を切ってクラシック・レコードを買い集めることができるようになってから、名画への興味も一段と増した。それも西洋絵画が主である。切っ掛けはレコード・ジャケットによる名画との出会いだ。ジャケットは三十センチ四方の大判なので、画集に劣らず楽しめる。しかも印刷の仕上がりは極めて良い。さらに嬉しいのは、レコード自体の音楽と関係が深い絵画を使っていることが多いことだ。
 三十歳を過ぎ、クラシック・レコードの専門店を開いてからは、仕事柄、初めて見るレコード・ジャケットの絵が無暗に眼に飛び込んできた。毎日何枚となく、時には何千種のレコードを手に取る。ジャケット・デザインで数が多いのは「演奏家のポートレート」「風景写真」そして「欧米の名画」である。私が仕事として扱っているのは輸入レコードなので、「日本画」がジャケットを飾っていることは稀である。いや、何度か江戸時代の浮世絵などは見掛けたことがあるが、その他の記憶はない。そんなことから世界名画との出会いの機会がずっと多くなるのだ。
 ジャケットの名画を手にした時、そのまま済ますことはない。十分に良く知っている絵でも必ずデータを確かめる。たいていの場合、画家名や所蔵美術館名程度は明記してある。だがその前に必ずすることは「当てっこ」である。画家の名を言い当てるのが習慣になっている。勿論周りに誰かがいる時は遠慮するが、恵まれたことに、私の仕事場(社長室)には誰もいない。また、海外でレコードの買い付けをするときは一日に数千枚目を通すわけだから、絵のことに頭が回らない。そんな時は、よほど気になった場合だけ確認する。基本的に誰の作品が飛び出してくるか分からないのだから、好きな絵だけ云々していられない。これを続けているうちに、次第に西洋絵画に詳しくなっていった。

 レコードでの学習と共に美術館通いも増えていったが、ある日突然に積極的な行動が始まった。二〇〇七年九月七日、私はシュトゥットガルトにいた。ふと思いついて、新たな絵画の楽しみ方を始めたのである。次がその日の記録となる。
 「音楽ノートという大仕事を抱えながら、さらに美術にも挑戦しようとする自分の性格に半ば呆れる一方で、海外での名画鑑賞にの機会に頗る恵まれながら、単に美術館に足を運ぶだけで済ませてきた自分が許せなくなった。プロでない強みから、思ったこと感じたことをストレートに綴るということで、行く先々の美術館で必ず売っている絵ハガキの裏面に印象や感想を残しておこうと思い立ったのは、旅行に立つ少し前である。気軽に道端でコーヒーを飲みながらでも書けるだろう。他人が見ても旅行者が絵ハガキを書いているようにしか見えないし、この程度の字数であれば骨も折れない。ポケットに入れていても邪魔にならない。我ながら旨いことを考えたものだ。旅の忙しさが増えることは確かだが、これまで看過してきた絵画との対話に真剣みが加わる」。
 そんな訳で、私の記録に残す美術館通いはシュトゥットガルト州立絵画館からスタートした。シュトゥットガルトの町は音楽祭の真っ最中で、私はこの日一日で三つの演奏会を聴いている。あろうことか、ブリテンの大作《戦争レクイエム》も入っていた。全く無謀な思いつきを実行に移したものだ。この美術館にはドイツ表現主義の絵が多く、新たな試みを始めた思いも強く、その後最も多く通った美術館となった。なにしろ、シュトゥットガルト中央駅から徒歩十分とアクセスが極めて良く、付近には公園あり繁華街ありと恵まれている。たいていの場合ホテルも駅周辺にとるし、オペラ・ハウスもコンサート・ホールも近い。

 美術館内での行動だが、いつの間にか私なりの流儀がつくられていった。チケットを買う前に必ずショップを下見する。チケットを手に入れて入場したら、エレベーターで最上階に昇る。最上階をぐるりと回った後、一階ずつ降りてきて展示室を巡る。こうした方が、後は下るだけで疲れずに済む。美術館で時を過ごすのはかなりの運動量になる。ゆっくり歩いたり立ち止まったりを繰り返すのはとてもきつい。海外の美術館は余程有名なところでない限り、鑑賞に訪れる人は少ない。例えばシュトゥットガルトであれば、特別展を除けば一つの部屋にはせいぜい数人、または独占できることも多い。人混みの中での鑑賞は疲れを倍にする。海外の美術館の良さはそこにもある。
 美術館によっては順路を定めているところもあるが、多くの場合、たとえ逆コースであっても注意されることは少ない。目的の絵だけを目指す人もいるからだ。展示室に入る時は入口から二三歩入ったら立ち止まり、その部屋全体を眺め渡す。どのような絵が展示されているかを遠くから確かめるのだ。その時は、例のジャケットの「当てっこ」と同じで、ざっと画家名を頭に入れる。好きな画家の作品を当てられなかった時はがっかりするし、当たりの多い時は足取りが軽くなる。気に入った絵の時は隅々までしっかりと鑑賞する。時には英語の解説に喰いついて読む。思いがけない絵に出合ったときは、足が竦んだり体が震えたりする。そんな時は胸を弾ませ時間をかけて楽しむ。
 日本では少ないが、海外では子どもらの集団を見掛けることが多い。スケッチブックを手にして模写をしたり、絵の前で円座を組み、学芸員の説明に耳を傾けていることも珍しくない。わが国ではほとんど普及していない光景である。子どもたちに限らず、大人の団体に出会っても、私はその場を離れることにしている。日本人は少ないので注目を浴びることが多いからだ。また、ガイドの説明をタダで聴いていると思われるのも嫌だ。

 こんな風にしてひと回りし、出口に辿り着いた私は気に入った絵のほとんどを覚えている。その足で休まずにショップに向かうのだが、その前に入口に立っている係員に一言確認する。「ショップで買い物をしたら、もう一度展示室を廻りたいのですが」と。「ノー」と言われた経験はない。いや、わが国を除いての話だ。それから、係員の視線を背に感じながらショップに向かう。
 ショップには少なくとも二十点を超える絵ハガキが置いてある。多いところでは百点を超える。アメリカでは一枚一ドル、ヨーロッパでは一ユーロが相場だ。絵ハガキを隅から隅までチェックして、気に入ったものを選ぶ。基本的にその美術館の看板となるような作品については絵ハガキが置いてある。勿論売り切れている場合も多いし、何故あの作品の絵ハガキを置いてないのだろうとがっかりすることも頻繁にある。展示室で見た絵は全部頭に入っているから、並んだ絵ハガキから目星をつけていたものを取るのだが、気をつけなければならないのは、展示されていない作品の絵ハガキも結構多いのだ。私はその日見たものでない限り買わない。間違えることは滅多にない。
 せいぜい十数分後、入場口に戻りさっきの係員と目を合わせて中に入る。たとえ係員が交代していても問題はない。「ちょっと絵ハガキを買いに出ていました」と言えば良い。最初と同じでエレベーターで上階に昇り、展示室に入る。さてここからは、絵ハガキを袋から出して、展示された作品と照合する作業が始まる。これはとても大切なことだ。特に二つのことに気を付ける。作品の全体がきちんと絵ハガキに収まっているかを確かめる。これが違っていることは実に少ない。次は、色合いが本物と同じであるかの確認。多くの場合これも見事に撮影・印刷されている。画集などでは原色と違っていることが極めて多い。私はたくさんの原作に近い色合いの絵ハガキを持っているから照合すれば違いに気付く。絵ハガキが違っていることはほとんどないが、万が一違っている時は、その場で違いをメモすることにしている。面白いのは絵ハガキの写真が左右逆のことがある。これは現像時に裏焼きしたためであろう。また、現代絵画などでは天地が反対になっていることもある。この初歩的ミスはショップに戻って伝えることにしている。
 美術館ではカフェやレストランを併設しているところが多い。昼時を外せば席を取れないほど混んでいることはまずない。コーヒーが主だが、空腹のときは簡単な菓子を頼んで目立たない場所に坐る。シャープ・ペンで思いつくままに絵ハガキの裏を埋めていく。絵ハガキの裏がコーティングされていて書きにくいものもあるが、それは後回しにしてホテルに戻りボールペンで慎重に書く。感動が冷めていないのでペンは進む。一枚に千字程度、十五分以上は掛かる。仕事の日程を考えれば、せいぜい四枚までしか書けない。
 こうした習慣は今でも続いているが、五年目を越えた頃から急に頻度が落ちた。海外滞在中は仕事本位に切り替えていったこと、孫ができて音楽や美術どころではなくなったこと、そして何よりも私自身がより時間の必要な新たなことに興味が向いたことによる。いずれにせよ、細々ながら今も続いている美術館通いは私の眼を大いに育てた。レコード・ジャケットでの「当てっこ」の成功率は格段に高くなってきた。特に宗教画については当初最も不得意だったが、今は最も興味あるものに変わった。変化は今も続いている。十数年前から集めた絵ハガキは間もなく二千枚、足を運んだ美術館は述べ百七十を越え、音楽同様、絵画鑑賞は私の生活の一部となった。

こんな絵
  こんな絵(ホアン・ミロ画)のジャケットに出合ったときは本当に幸せ!

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