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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》第43回 2026年3月31日 シアトルの『指輪』 アメリカのどこかの劇場のパンフレットに掲載された公演告知で私は情報を掴んでいたのだろう。その頃、ワシントン・オペラやロサンゼルス・オペラでも「指輪」をやっていることは知っていたが、この膨大な企画をこれほど頻繁に企画するアメリカの広さと経済力には感心していたものだ。親友と認め合っていたサンフランシスコに住むダン・オーパーマンと意気投合して、是非一緒に出掛けようということになった。百キロ先はカナダのバンクーバーになるシアトルはレコードの買い付けで何度か行っており、ここでは1962年に世界万国博覧会が開かれ、その時建設されたシンボル・タワー「スペース・ニードル」が町のどこからでも見える。更に、名産のサーモンを使った自慢のグルメは町のどこでも食べられ、その味は忘れられない。 サンフランシスコでの仕事を終えた私は、ダンの運転する車で一路北を目指した。20時間を超える旅であるから、途中一泊しなければならない。昼過ぎ、賑わった小さな町を通ったら、至る所に貼られた演劇のポスターが目についた。何とそのアシュランドと言う町はシェークスピア・フェスティバルで世界に知られていた。二人はそこで数種のちらしに目を通しながら昼食を済ました。カリフォルニアの北はオレゴン州、そしてワシントン州のシアトルとなる。大きな町ポートランドに宿泊後、早朝さらに北に向かう。遠くに形の良い高い山が見えてきた。これを地元の日本人は「タコマ富士」と呼んでいることを私は知っていた。それを過ぎればすぐにシアトルの町になる。 シアトル・オペラは1975年以来続けている「指輪」公演によって高く評価されている。本格的なもので、1986年にはドイツ音楽を指揮したとは信じがたいフランスの名指揮者マニュエル・ロザンタールが指揮をし、翌年はレオニー・リザネクが出演した。私が出掛けたのは2009年だったが、初期の頃は英語で歌われたこともあったようだ。4000人を収容する巨大な劇場は、この作品の上演には相応しいが、音響は極めて自然で、拡声装置の使用も一部を除いて気にならなかった。具体的に言えば、ハーフナーの声はそのお陰で迫力があったが、小鳥の声は返って邪魔になった。 公演写真などからも想像していたが、それは古典に徹した公演だった。簡単に言えば、「熊の毛皮を纏ったメルヒオールが現れてもおかしくない」ワーグナー時代のバイロイトに戻ったような衣裳と演出だった。ドイツでもアメリカでも「指輪」を見慣れていた私は、どこでも繰り返される時代錯誤の演出にはうんざりしていた。背広姿のヴォータンや、銃を担いだジークフリートには真実味が感じられなかった。これは神話時代の話であり、極めて人間臭い物語である。そこに焦点を当ててくれる演出家がいないものかと淡い期待をしていた私にとって、幕が上がったシアトルのステージは大きな救いだった。 舞台は近くの森をそっくり掘り起こしてきたような造りであり、現代の舞台造り技術を総動員した手の込んだものだけに、不自然さや曖昧さのかけらもない、完璧な仕上がりだった。その一方で、演出家の主張は大きく失われ、ヴァーグナーの考えは斯くやと思わせる表現のみが頭をもたげてくるのは確かである。私の気持ちに巣食っていた伝統的なステージを体験したいという思いは初めて満たされた。あまりにも真実味のある舞台にあって稚拙な部分も多かったが、エルダが地底から上半身を表す下りは絵画的な美しさに見とれたものだ。また、子供たちを使った金塊を運ぶシーンも、正に童話の一場面を見るような楽しさがあった。ヨーロッパでは支持されなくなったこうした古典的手法が、モダン・アートの先端を行くアメリカで受け入れられているのを見て、アメリカは依然としてヨーロッパへの憧れを捨てきれずにいるのではないかと言う素朴な疑問が湧いたのである。 第二夜の「ワルキューレ」では、フンディングの館のリアルな造りに惹きつけられた。陽の光も届かぬ深い森の奥の情景であり、こうした背景で物語が進められると全てが分かり易く、観ている方は抽象的な舞台のようにあれこれと考えを巡らす必要は無くなる。昨晩も感じられないことは無かったが、ここにきて、演出家は人間ドラマを創り上げようとしているのだということが良く分かった。特に「ワルキューレ」は、全四部の中で人間臭さでは群を抜いている。愛あり嫉妬あり、そして親子の情愛ありと。登場人物全てが性格的で、それぞれが己の思惑の中で悩む。これほどの心理劇はヴァーグナーの全作品の中でも例がない。ここでヴァーグナーはそれぞれを他者との間で己の感情をぶつけ合わさせる。この演出ではフンディングの、妻への疑惑やジークムントへの憎しみは正当化され、不倫をしたジークリンデが救われる一方で、フンディングが犠牲になると言う筋立てに観るものには不快感も残る。この後のヴォータンとブリュンヒルデの場も、矛盾が重なる筋立ての脆さが、リアルな舞台・演出によって浮かび上がってくるが、脚本の脆弱さをヴァーグナーは示導動機のなどで繕っているのも良く分かる。 “リング”というテーマを持ちながら、「ヴァルキューレ」では一度もリングは登場しない。だが、登場人物のそれぞれの苦悩は“リング”の行方よりずっと深みがある。「ヴァルキューレ」は“リング”を離れたところで存在感が高まると言う不思議な構成で支えられているのである。 「指輪」は序夜と第二夜が幻想的であり、第一・三夜が現実的である。まるでバイロイトでの初演舞台でも観ているような感覚で、三番目のステージを前にすると、この独立性の少ない、言い換えれば「ヴァルキューレ」と「神々の黄昏」との繋ぎのような、ひたすらに長いステージを見ていると倦怠感に襲われた私だった。ステージは全く変わらぬ初原的なもので登場人物も代わり映えしない。西暦2000年に前後してオペラ公演の字幕はとても便利になった。この劇場でもメトロポリタン歌劇場と同じように、前の座席の上に字幕が流れた。ここで、ヴォータンがジークフリートのことを「ボーイ」と繰り返すのが気になった。我々の感覚ではジークフリートは少年ではなく英雄である。恐らくヴォータンを打ち負かすこともできただろう。紅顔の美少年を思わす訳はしっくりこなかった。 だが、もしかするとこれは演出家の意図であったかもしれない。何故なら演出家はジークフリートとブリュンヒルデの恋を極めて楽天的で少女趣味的に描いており、大人の心情を見せることは殆ど無い。この姿勢が字幕翻訳家にまで通じていたのかも知れない。 さて、同行したダンはかつてフルトヴェングラー協会の副会長であり、ゴードン・グラント氏という仲間がいた。驚いたことに、少し前まで氏はシアトル・オペラの副支配人であり、「ジークフリート」の開幕を前にして、私は話す機会を得た。今回のオペラへの客席の反応は極めて良く、毎晩怒涛のようなブラヴォーが飛んだ。数々の「指輪」公演の話を交えた私の経験談に、グラント氏は終始笑顔を絶やさないで聞き入っていた。 「神々の黄昏」を観終えた後で思ったことは、ここまでリアルなステージが人間劇としての作品の側面を強調する上で多いに寄与していたということだ。リアルと言うことは一方では個性のないことで一方では本質に迫り易い方法だと思う。「指輪」の中にこれほど情感豊かな人間性が隠されていたとは思っていなかった。同時に、これまでは思索的だとか哲学的だとか、次元の高い人間の姿を観ていたような世界が、普通の基本的な人間社会の営みに見えてきた。これまで観てきた抽象的な舞台の数々が、この作品の中に無理やり哲学を持ち込んでいるのではないかと思えてきた。基本的には神々を交えた権力闘争などという大袈裟なものではなく、人が二人いれば生じる交流と葛藤の世界なのである。 こうして原点に立ち返ったことで、抽象的なプロダクションの場合には見失いがちな、あるいはすり替えられがちな動きが露わになるから、とても見通しが良くなるのだ。つまり、ヴァーグナー自身の考えが白日の下にさらされることになる。そこで感じたのは、ヴォータンやフリッカそしてエルダはかなり完成度が高いが、ジークフリートやブリュンヒルデはバランス感覚の描けた人間性が感じられてならない。そこにはメルヘンと言う虚構の前で甘えているヴァーグナー自身の姿が見えてくる。 観劇に先立って私は二十世紀初頭に制作されたドイツ映画「ニーベルンゲン」を観た。幼稚ではあるが、ヴァーグナー以上に辻褄が合い説得力もあった。この作品においては、全ての登場人物が“リング”の犠牲になる。愚か者と言われるジークフリートさえ固執した。最終的に“リング”を手放すブリュンヒルデさえ、“リング”の仕打ちを受けている。私がこうした“リング”解釈ができるようになったのはシアトル公演のお陰である。演出家の個性が強ければ強いほど、そこには真実を見誤る力の膨張がある。中には本質をデフォルメするほど効果を持つ演出もあるが、多くの場合は視線を他に向けさせる。 明日帰国するだけの私は長いカーテン・コールに付き合った。このリアルなステージは親友のダン・オーパーマンには好ましかったようで、大きな満足を示していた。この公演に誘った私も大満足だった。彼はレコードの買い付けを含むシアトルでの滞在を喜んだが、明日、一人寂しくサンフランシスコへ長いドライヴをする彼が気の毒に思われた。 ![]() 2009.8月 シアトル・オペラ・プログラム |