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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》



第42回 2026年3月24日

共和制ローマの起源『ルクリーシャの凌辱』


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 ベンジャミン・ブリテンの三番目のオペラ《ルクリーシャの凌辱》、これは傑作《ピーター・グライムズ》の次に作曲されており、歴史劇としての重みを持っている。トロイを逃れてローマに辿り着いた英雄エーネアスの話や狼の乳で育った二人の兄弟によるローマ建国の伝承は有名であるが、ロムルス以降四代続いたローマ人による支配は五代目からローマの北方に割拠していたエトルリア人に代わった。七代目のエトルリア人ローマ王は、息子の放埓が祟ってローマ人に滅ぼされ、この手柄を立てたローマ人貴族により初めての共和制が敷かれた。直接の引き金となったのは、ローマを治めていたエトルリア人の王子がローマ人貴族の妻を凌辱したことで、憤激したローマ人が一致して立ち上がり政権を奪ったクーデターであり、この政変に至るまでを音楽で活写した意欲的オペラが《ルクリーシャの凌辱》である。
 物語はイタリア各地に侵入していたギリシャ人を迎え撃つため、ローマ近郊に野営していたローマ王子タークィニアスと二人の将軍の語らいに始まる。ここで、ローマに残された女たちの話になり、遊女や浮気がはびこる中、将軍コラティナスの妻ルクリーシャの貞節が注目を浴び、その姿が輝きを増せば増すほど王子タークィニアスは欲望を掻き立てられる。ひそかに陣営を抜け出した王子は馬を駆って夫の不在を守るルクリーシャを公然と訪ね、もてなしを受ける。寝静まったのを見計らい王子はルクリーシャの寝室に向かって思いを遂げ野営地に戻る。拭いきれない恥辱を胸にルクリーシャは混乱しながらも善後策に頭を回らす。夜明け方、ルクリーシャが遣わした使者が夫とその友人ジュニアスを連れて現れ、ルクリーシャの様子を見て全てを悟る。ルクリーシャは己の受けた恥辱は拭い難く死を選ぶ以外にないことを述べ、国土の平安の為に悪徳は見逃がせないという高邁な思考から生まれた、エトルリア人王子への復讐を二人の将軍に誓わせて自害する。エピローグではキリスト教の教義が展開されるが、イエス・キリストの受難によって人類が救われたことと、ルクリーシャの犠牲によってローマが救われたことが重ね合わされる。

 この作品は室内オペラとして作曲され僅か13人の奏者によって進められる。その意図は歌唱にも及び、古典劇として登場するコロスは男女各一名のみによって進められる。後年見られるブリテン特有の神秘的雰囲気はいささかもなく、音楽は常に生命が脈打ち現実的、雄弁かつ明快である。少人数のオーケストラから生まれる効果は時代を反映しストラヴィンスキーはじめヴァイルなどでも成功していた。また、殺伐としたストーリーは乳母や侍女の場面を挟むことでほどよく中和されている。あたかも、老練な作曲家による無駄のない作品のように見えるが、ブリテンが僅か35歳の時に創ったものであり、同年齢のベートーヴェンが《英雄交響曲》を作曲したことと照らし合わせると感慨深い。
 ブリテンは一時アルバン・ベルクに師事することを考えていたが、第二次世界大戦の暗雲立ち込める中、ドイツ人への接近は憚られた。平和主義者ブリテンが良心的兵役忌避者として戦地に赴かなかったのは有名である。この時期の彼は《ピーター・グライムズ》とこの歴史劇のみならず次々と名作を生み出した。戦禍を被ったヴェーベルンのことを思えばブリテンの選択が音楽の歴史に如何に多くのものを残したか計り知れない。こうして、終戦の翌年《ルクリーシャの凌辱》は発表される。
 そこでは二人の同年代の若者が関わった。すなわち、ブリテンの生涯の伴侶とも言うべきピーター・ピアーズ、そして天才歌手キャスリーン・フェリアーである。この作品での歌唱の独特なデクラメーション(起伏)はピアーズの協力無くして生まれなかったし、これを歌い切るにはフェリアーの能力も必要だった。主人公は夕食後から朝早くまでの半日の中で、夫への思いを語る場面、慇懃に客を迎える場面、凌辱への抵抗と死の決意そして夫の前での崇高な態度といった変化の表現が必要となり、これを可能にする歌手は滅多にいない。例えば使者を送った直後のルクリーシャの音色は著しく低くまた暗くなり、最初の場面の明るさからは想像もつかない。理想的な上演のため、フェリアーの夭折後はジャネット・ベイカーの登場まで四半世紀待たねばならなかったのである。

 ルクリーシャの物語はシェイクスピアも叙事詩として残している。流れはブリテンと大きくは変わらないが場面ごとの重みはまるで違う。骨董の壺を愛でて撫でまわすように、シェイクスピアは執拗に登場人物の感情を探り求める。異なる部分は、シェイクスピアでは操を失ったルクリーシャが身の処し方を決心するまでの心の動きを多方面から光を当てて書き連ねるところであり、ここに全体の三分の一を当てている。ブリテンはそこに全く力を入れていない。黄金の比喩を惜しげもなく振り撒くシェイクスピアの作風も、余りに多すぎると一つ一つは心に届かぬどころか煩わしくなり余計なものに見えてくる。イングランドの歴史に輝く文豪の作品にブリテンが目を通していない筈はない。音楽劇としての簡潔さが必要であり、それが功を奏してオペラはいっそう輝きを増している。
 シェイクスピアの場合、タークィニアスに肩入れしている部分がある。例えば、ブリテンでは友人ジュニアスにルクリーシャ賛美をさせるが、シェイクスピアでは夫コラティナスに「王族はさらに大いなる名誉を勝ち得ようともこれほど類まれな女をめとることはできまい」(高松雄一訳)と言わせ、これがタークィニアスの心の中の嫉妬を掻き立てる。また、シェイクスピアでのタークィニアスは己の行為を不善であると認め、親族であり親友でもあるコラティナスへの面目を失うことを不名誉と感じ、良心の呵責に苛まされる。
 望みを遂げたタークィニアスが姿を消した後、ルクリーシャは長々と身に起こったことへの恨みを述べこの言葉に到達する。「ああ、私が生きるよすがにしたものは失われた。だから、もう死を怖れる必要はない」(高松雄一訳)。操を奪われた故に彼女は死を決意する。結果はローマの共和制という掛け替えのない宝を生み、タークィニアスには拭い切れぬ後悔を与えたが、ルクリーシャの自害という選択は正しかったのだろうか、単に劇作上の魅力に過ぎなかったのではないだろうか。それは美化され民衆の心を動かした。オペラ作家はこのような設定を極めて好む。人間的に見えるが、普通の人間には成し得ない行為が歓迎されるのが舞台芸術である。蛇使いは御しがたいものを自由に操る。人の心を自由に操るのは蛇使いの技以上に難しい。蛇使いタークィニアスはルクリーシャという純粋な蛇を、笛でもって操ることはとうとうできず、鞭でもって成し遂げたのだ。
 ルクリーシャは己の姿をトロイ王プリアモスと重ねる。絶世の美女ヘレン凌辱の罪を背負ったパリスはタークィニアスそのものであり、その男の罪ゆえにトロイは滅びた。つまり、己が被った凌辱の報いを受けるのは王子タークィニアスとその父祖エトルリアの一族である。ルクリーシャの悲劇を切っ掛けにローマの民衆は忌まわしい王政を駆逐し、輝かしい共和制に生まれ変わる。己は勝利者であることをルクリーシャは確信するが、この件はブリテンには全く現れない、シェイクスピアならではの溜息の出るような創作である。

 絵画の世界でもルクリーシャの人気は高い。これは二つに大別できる。凌辱あるいは自害の場面であるが、ルーカス・クラナッハの二つの絵が印象に残っている。一つはベルリン国立美術館所蔵の髪をネットで纏めたもので、夫やその友人たちに後を託して安堵した表情が描かれている。もう一つはマグダラのマリアのように長い髪を垂らし、名残惜しそうな表情を向けているもので、ミュンヘン・アルテ・ピナコテークで観た。こちらの方が人間的な雰囲気を感じさせて私は好きだ。ちなみに、クラナッハの描く女性はいつも若々しい姿態を惜しげもなく晒しており、タイトルが無ければヴィーナスもルクリーシャも区別がつかない。画家の場合良くあることで、ヤウレンスキーなどはどれも似ている。
 ルクリーシャの物語にはイタリア以外ではほとんど上演されないレスピーギのオペラ《ルクレツィア》がある。ブリテンとは打って変わって、イタリアならではの明るさを持つが、彼の交響詩などとは違って、題材の上からも派手でない。だが、この作曲家らしい情景描写や心象表現があり、凌辱の場面などは直情的である。1937年にミラノ・スカラ座で初演されているが、大戦前夜のことでブリテンは観ていないだろう。一人の女性が語りとして歌うという発想はブリテンと同じで、しかもどちらも劇的に歌い上げている。終幕では、実在の人物で共和制を打ち立てたブルータス(もちろん、シーザー暗殺に加わった同名の男とは違う)やルクリーシャの父親も登場して、新生ローマ樹立への気勢を上げる。初演がきな臭い時代だっただけに、「殺戮者を倒せ」と叫ぶ幕切れはイタリア人の戦闘意欲を高めたかもしれない。
ブリテンのオペラの初演は、フェリアーとピアーズという得難い歌手を揃え、エルネスト・アンセルメ指揮によりグラインドボーン歌劇場で行われた。この音源が今聴けるかどうかは分からないが、三カ月後に、指揮者は違うが恐らくほとんど変わりないキャストで上演されたアムステルダムの実況録音が残されている。正に熱気をはらんだ演奏で、イギリス・デッカの名録音にも劣らぬ優れたものである。それにしても、1946年というまだまだ荒廃していた時代に、芸術を希求する思いの強さには只々頭が下がる。

ルクリーシャの凌辱
  ブリテン『ルクリーシャの凌辱』1946ブリテン指揮のレコード・ジャケット


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