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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》第41回 2026年3月17日 モーツァルトとコロレド大司教 偉人伝の作家たちが信頼おける資料として重宝するのは、残された自筆の手紙類である。研究者たちはそれらを念入りに分析し、正否を慎重に判断した末彼らの論文に取り入れるのだろうが、往々にして判官贔屓という過ちも犯してしまう。音楽家で言えば、モーツァルトやベートーヴェンのように、もはや伝説的な英雄となっている作曲家については、評価を疑問視する者には風当たりが強い。だが、例えば「サリエリによる毒殺説」を考えれば、多少の根拠があってもこれが事実でないとしたら笑って済ますことはできないだろう。 さて、モーツァルトの生涯の中で、仇のように憎まれている人物がサリエリの他にもう一人いる。愛好家であれば話題にもしたくないだろうが、モーツァルトの雇い主であったザルツブルク大司教のヒエロニムス・フォン・コロレドである。ウィーンの伯爵家に生まれた彼はザルツブルク大司教の死去により、そこに配属され、モーツァルトが16歳の時に着任する。 当時のヨーロッパの音楽界の事情を知るにはその町の支配者について知らなければならない。つまり支配権が王侯貴族あるいはキリスト教会の何れにあるかである。例えばベートーヴェンの生れたボンはケルン選帝侯の支配下であり、ザルツブルクは教会の支配下にあった。教会にせよ楽団を持っており、モーツァルトの父レオポルトは宮廷作曲家であると同時に宮廷楽団の第2ヴァイオリン奏者でもあり、やがて副楽長に昇進した。 レオポルトはヴァィオリン教師としても著名であり、息子アマデウスが生まれた年には「ヴァイオリン教程」の出版で名が知られていた。しかし、40歳も近くなっていた彼は、作曲の筆を折りわが子に期待の目を向ける。アマデウスもその姉のナンネルも楽器演奏の習得は目覚ましく、取り分け弟の上達には目を見張るものがあった。 出版されているモーツァルトの伝記には若き日の旅について事細かに触れている。それはアマデウス、6歳にしてミュンヘンから始まった。今と違って馬車での旅であり、治安も悪かった時代である。だが、旅から戻っても年の明けぬうちに次の旅が始まった。ウィーン、パリ、ロンドン。アントウェルペン。パリではルイ15世の前での御前演奏。マリー・アントワネットとの有名な逸話もこの時生れた。 アマデウスがヴァイオリンを弾きナンネルがピアノ。どこの町もザルツブルクより偉大な歴史があった。世に知られた神童を一目見ようと音楽界には名立たる名士が集まった。父レオポルトは多くの収入を得ただろうが、それが無くても当時のザルツブルク大司教シュラッテンバッハは大枚を叩いて応援してくれた。『旅は人を作る』ということわざがドイツにある。二人の子供の音楽的資質は豊かな経験で磨きを掛けられ、目に見えて上達した。 イタリアでは殊の外実りが多かった。どこに行っても音楽に溢れており、著名な音楽家が多かった。考えてみれば、ドイツは音楽の後進国からやっと抜け出したところだった。あの大バッハでさえ、ヴィヴァルディの後を追ったところから始まったのだ。白亜の宮殿の並ぶイタリアはどこでも美しく、人々はオペラが好きで、どこへ行っても歌で溢れていた。15歳にならんとしていたモーツァルトの頭の中は、イタリア語のメロディーで溢れていた。 神聖ローマ帝国皇帝ヨーゼフ2世からオペラ作曲の依頼があり、モーツァルトは『偽ののろま娘』を作曲して献呈した。なんとイタリア語の歌詞だった。オペラに限らず作曲の依頼も相次いだ。モーツァルトはもはやザルツブルクだけのものではなくなっていた。そんな時に、スポンサーでもあるザルツブルク大司教が亡くなり、ウィーンから新任が着任した。 父親が神聖ローマ帝国副宰相を務めているという切れ者、ヒエロニムス・フォン・コロレドだった。皇帝ヨーゼフ2世を神とも崇める厳格な40歳の貴族であり、1772年、国王への信奉を示さんと大望を抱いて赴任してきた。勿論彼の耳にもモーツァルト一家の話は届いていた。1世紀前のザルツブルクにはビーバーという大作曲家がおり、ドイツにおけるヴァイオリン音楽の権威としてこの町の名を高めていた。ザルツブルクには音楽の伝統があった。その名を一層高めるにはモーツァルト親子を置いて他にはない。 モーツァルト親子の多くの噂を耳にしていたコロレドだが、中には良からぬものもあった。幼い時に恐れ多くも女帝と謳われていたマリア・テレジアの前での親子の不遜な態度は広く知られており、許し難きことだった。他にも理由はあったのだろうが、彼はウィーンを旅していたイタリアのオペラ作曲家ドメニコ・フィシエッティをザルツブルクの宮廷楽長に任命した。 これに対して父レオポルトは厳しく抗議した。愛する郷土の音楽を牽引していく楽長に、素性の分らぬものを呼んできて良いのか。しかも自分よりも7歳も若い男に。これはオーケストラ団員の反対に遭うことだろう。このイタリア人作曲家は好感が持てたが、自分がその地位に就くのが当然、そして、やがては息子アマデウスが次ぐに違いないと確信していたレオポルトにとっては我慢がならなかった。 決して譲らなかったコロレドはモーツァルトを宮廷楽団のコンサート・マスターに任命し、教会音楽の作曲も命じた。不満の大きかった親子はそれで引き下がる外は無かった。だが、皇帝ヨーゼフ2世が触れを出していた教会音楽の簡素化に同意していたコロレドは厳しく目を光らせており、思うに任せぬ不自由さにモーツァルトを始め、作曲家たちは不満だった。 これのみならず、モーツァルト親子は、長年好意的に援助してくれた前大司教シュラッテンバッハとは大きく違った待遇に戸惑ったが、父レオポルトは渋々従い、先ずは少しの間旅行するのを控えた。恐らく旅行願を出しても簡単に聞き入れてくれる相手では無かった。親子にとっては辛いことだったし、それによってモーツァルトの創作力も萎えた。 しばらくの間、表立って双方からの不満は無かった。モーツァルトの力を認めていたコロレドはオペラ『羊飼いの王様』の作曲をモーツァルトに依頼した。これは当時人気のあった台本で、すでにヨンメッリ、ハッセ、グルックなどが作曲していた。今では考えられないが、内容が同じでも良い音楽が出来上がれば皆が喜んだ時代である。勿論イタリア語によるこのオペラは短期間で作曲され、コロレド大司教に献呈され、ザルツブルクで初演された。 1775年、オーストリアのマクシミリアン・フランツ大公のザルツブルク訪問がオペラ作曲依頼の理由だった。楽長のフィシエッティもお祝いのセレナードを作曲した。モーツァルト父子は既にフィシエッティと懇意にしており、フィシエッティはアマデウスの姉ナンネルの音楽教師もやっていたようで、すっかりザルツブルクの人間になっていた。 不安は募れど双方の努力は続いた。モーツァルトにとってはスポンサーを失うことは避けたかっただろうし、父、レオポルトにとっては、決して愛する故郷ザルツブルクを離れたくない。そのような気持ちからか、あるいはコロレドへの機嫌取りからだったのか、モーツァルトは新作のピアノ協奏曲第8番をコロレド大司教の姪、リュッツォウ伯爵夫人に献呈した。この曲は『リュッツォウ協奏曲』と呼ばれる。こうした双方の歩み寄りで問題は回避されるかに見えた。 息子の幸福を願う親心は変らない。レオポルトはいかに神童だったとはいえ、それをここまで大成させたのは、ひとえに父親である自分が得難い経験を積ませたからに他ならない。幸い『羊飼いの王様』の成功により大司教との関係はうまくいっている。前年バイエルン選帝侯マクシミリアン3世の依頼によって作曲した『偽の女庭師』もミュンヘンで上演された。だが、初演を終えてザルツブルクに戻ったモーツァルトは居心地が悪かった。 大司教との間にはこれまで以上暗い空気が漂い始め、思い余ったレオポルトは決心した。才能ある息子をこの田舎町で埋もれさせてはならない。機会を与えなければならない。2年後、旅に出ることを決心したレオポルトは大司教に「休暇願い」を提出した。もちろん大司教は簡単には受理せず、アマデウスをコンサート・マスターの地位から解雇したのである。 考えようによっては願ってもない処置だった。ザルツブルクでは才能を伸ばせないことをよく知っていた。ノーツァルトは音楽で溢れた町マンハイムへ行くことにした。マンハイムの宮廷楽団は、当時世界一の演奏能力があった。何よりも彼らのオーケストラではクラリネットが使われていた。刺激されたモーツァルトはこの楽器を初めて使って響きが格段に充実した交響曲第32番「パリ」を書き、パリのコンセール・スピリテュエルで発表した話はよく知られる。 成果を携えたモーツァルトはザルツブルクに戻る。成長したモーツァルトを前に、コロレドは和解し、宮廷オルガニストに任命する。ザルツブルク大聖堂のオルガンはヨーロッパでも格別に名高い大オルガンである。だが、モーツァルトも父レオポルトもこれで満足するなど考えられない。かつての神童はあのヘンデルのように頂点に上り詰めるのだ。 モーツァルトは再び大司教と決別し一人ヴィーンに向かう。大司教もまた生涯決別の意を固める。歴史は後戻りできないが、コロレド大司教との不和が無かったら、モーツァルトはせいぜいザルツブルクの宮廷楽長で一生を終えたかもしれない。間もなく登場するナポレオンによって歴史は大きく変わる。モーツァルトを失ったザルツブルクだが、モーツァルトとほぼ同時に、帝国副宰相の父を見舞うためにコロレド大司教もまた故郷のヴィーンに向かう。ザルツブルクでのコロレドの権力は極めて大きいものがあった。それは彼の肖像入りで発行されたダカット金貨が物語っている。そして、彼は今もザルツブルク大聖堂に眠っている。 ![]() モーツァルト 『羊飼いの王様』のレコード・ジャケット 米ピリオドTE1062 |