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エセー 《観たい・言いたい・聴きたい》



第40回 2026年3月10日

ベートーヴェン《ヴァイオリン協奏曲》序奏部分


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 レコード店を始めた頃の私はクラシック音楽を貪り聴き、それを記録に残した。今読み返せば赤面の至りの部分も多いが、客観的には実にユニークな観察をしているものもあり、三十歳を越えたばかりの拙い文章を、そのままで一部を転載する。五十年以上前のレコードにより、ヴァイオリン協奏曲とはいえ序奏の部分だけなので、指揮者別の感想である。ベートーヴェンが「傑作の森」と呼ばれる時代に書いたこの作品は交響的な楽想を特色としており、僅か八十八小節とはいえ、この長さでこれほど多くを語っているオーケストラ作品は稀である。指揮者の個性はこの長さでも十分に窺い知れて興味深い。

◇ ジョン・プリッチャード指揮、ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団
 プリッチャードを実演で聴いた時の流麗な指揮振りが忘れられない。この指揮者にはポップスやバレエ音楽が向いていると思っていた。冒頭のティンパニーの音がマ・ノン・トロッポを忘れたようなアレグロで始まり、主要主題の提示はそっけない。十四小節目からの下降音型はチャーミングな膨らみを付けてロマンティックにまとめるが、木管楽器の上行進行に移ると気乗りがしないほどお粗末だ。だが、第二主題に入るや、彼に期待していた幸福な歌が奏でられる。この美しいニュアンスだけで感謝するに値する演奏だ。ヴァイオリンはその雰囲気を十分に受け継いだアルフレード・カンポーリである。

◇ アンタール・ドラティ指揮、ロンドン交響楽団
 この稀有壮大な序奏部分を聴けば、ドラティをもって新しい時代の巨匠と呼びたくなる。冒頭のティンパニーの響きの持つ雰囲気が、これから起ころうとするドラマを暗示する。第一主題が味わい深く呈示され、偉大なるベートーヴェンの歩みが始まる。二十二小節目で不自然なアッチェランドを感じるが、すぐ後のテンポ・ルバートの見事さでそれは帳消し。経過部は端正さをぎりぎりのところまで放棄し、力強さを優先。木管楽器による第二主題の提示が終わるや、限りなく輝きに満ちた終結部につなげられる。こうして、ヨーゼフ・シゲティを迎える舞台がひときわ堅固に整えられる。

◇ アンドレ・クリュイタンス指揮、フランス国立放送管弦楽団
 このベルギー生まれの名指揮者はドイツ的なベートーヴェンを聴かせるという定評があるが、ここでは機知に富んだフランス的色彩が優位に立つ。張りのある弱奏で響くティンパニーはやや速い。深い研究の成果が現れた演奏で、現代的に(大時代的という言葉の反対の意味で)進行していく。十六小節目からの八分音符の処理や上行順次進行の後のメゾ・スタッカートの処理など、さらりとしていて気持ちが良いが、この淡白さが物足りなさを生んでいるとも言える。クライマックスまでが平坦になるものの、己を剥き出しにせず、主役であるダヴィド・オイストラフを待とうとしているのかも知れない。

◇ ウィリアム・スタインバーグ指揮、ピッツバーグ交響楽団
 ブラウン管より流れたスタインバーグによるブラームスの《交響曲第一番》の名演が強く記憶に残っている。このベートーヴェンは心地良いテンポで序奏が始まり、主題が提示されるや速度を増しそのまま突き進む。二十七小節目までは快活で素朴な表情があり、まるでハイドンでも聴いているようだ。経過部はオーケストラの乱れが気になり、録音のせいか大切な低音弦の細かな動きなども捉えられておらず、金管楽器の音も控えめである。六十五小節目からの弦楽合奏によるスタッカート部分はじっくり聴かせるが、再び落ち着きを失って終結部へ向かう。この後ナタン・ミルスタインが美しく分け入ってくる。

◇ アレクサンドル・ガウク指揮、ソヴィエト国立交響楽団
 オーケストラ創設当時から振っているガウクだが、不自然なテンポ・ルバートによりハーモニーも縦の線もバランスが崩れる。ムラヴィンスキーやメリク=パシャエフの育ての親として定評のある指揮者故に、私は期待が先に立ってしまうのだ。第二主題に入るや急に驚くほど速度を増すが、これは他の指揮者には例を見ない。彼なりのベートーヴェン像を作り上げようとする強い意志の表れだろう。それでいて、いつもは力強く逞しいアンサンブルを聴かせるソヴィエト国立交響楽団であるが、エネルギーの乏しさが感じられるのは何故だろう。そこに、ダヴィド・オイストラフの豊かな響きが加わる。

◇ アルテュール・ガリエラ指揮、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
 共演する指揮者の多いのがこの管弦楽団の特徴で、誰の要求にも応える力がある反面個性に乏しい。これは、指揮者を知らずに聴いたらどこの巨匠かと思われるほどの名演だ。ブルーノ・ワルターと似るがいっそう味付けは濃く音楽的な閃きが随所に感じられ、独自な解釈だが納得させられる。第一主題の呈示において三小節目の第四拍であるが、オーボエとクラリネットのフレーズが前の音に掛かっているのに対し、バスーンだけが後の音に掛かる。普通は全木管群を前に掛けるのだが、ガリエラは歌の国イタリアの人、この工夫が極めて自然に美しく聴こえる。そこにアルテュール・グリュミオーがさらりと入る。

◇ ベルナルト・ハイティンク指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 聞き逃しそうな弱音で始まる。主題呈示につけられた「ドルチェ」の意味は、手の平にとって愛でるような優しさだと私は思っているが、冷淡なまでにそっけない。だが、弦楽合奏による経過句に入るや充実した音量でエネルギッシュに表現され、これを前にして私は脱帽。淡々とした部分と豪快な部分の対比を楽しみながら、巨大な構想を実践するのがハイティンクという指揮者なのだろう。まだ、若さが支配的であるが今後は大いに楽しみだ。これは、ヘンリク・シェリングをソリストに迎えた名録音の誉れ高いものである。

◇ ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ロンドン交響楽団
 残響の多いティンパニーによってあっさりと開始されるが、十小節目からのディナーミクは素晴らしい。経過部での重厚な雰囲気は格別で、ヴィーン・フィルを振った英雄交響曲の隙の無い響きが思い出される。この指揮者は一般的に穏やかな表現をする人のように思われているが、そうとばかりも言えないようだ。六十五小節目の弦楽合奏においてはピアニシモがメゾ・ピアノより大きく聴こえ、七十三小節目のフォルテッシモに向かって力強く上昇する様は、テンポを僅かしか速めないことによって壮大なクライマックスを生む。ヴァイオリニストのヘンリク・シェリングは共演者に恵まれた。

◇ ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 帝王カラヤンの指揮だが、これほど掴みどころのない演奏も少ない。その名が印刷されていなければ、オーケストラは立派だが生気を欠いた指揮者はいったい誰だろうと思いたくなる。だが、カラヤンの名誉のために加えれば、どの演奏とも違った個性的な表現で埋め尽くされている。ピアニシモでゆっくりと打たれるティンパニーを、私はボリュームのつまみを少し上げて確認した。続いて、高音管の中で弱音ながら強調されたオーボエは、ロマン派幻想曲の雰囲気に包まれ、さらに、六十九小節目からのクライマックスは十分に楽しませ、ヴァイオリンのクリスティアン・フェラスが繊細な音で滑り込む。

◇ ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 フルトヴェングラーは晩年になるにつれテンポが鈍くなっていったと言われるが、死の前年に録音されたこの演奏は例外である。ティンパニーの出だしは殆ど聴き取れない。十小節目からフルトヴェングラーらしさが続く。和声の充実、力強く無駄のないフォルテ、経過部に入っての逞しいエネルギーはアンサンブルの乱れを気にさせない。トゥッティに入ってからは恐ろしい速さに代わり、弦楽合奏になだれ込み、やがて鬼神の如き畳みかけをみせて堂々たる終結部で締めくくる。ソリストはヴォルフガング・シュナイダーハン。

◇ エフゲニ・スヴェトラノフ指揮、ソヴィエト国立交響楽団
 スヴェトラノフは作品に対し正面から向き合い、ロシアの大地のように包容力のある骨太さを見せる。ぼやけた最弱奏で始まるが飾り気のない自然な趣で進行し、テンポはほとんど変化を見せない。終結部に向かってさえ高揚する気配に乏しいのだが、この純粋な語りかけが次第に胸に迫ってきて、音楽そのものの持つ力に引き込まれる。自己主張の激しい指揮者の多い中で、このように淡々としたアプローチとは大切に付き合っていきたいと思う。そうした大らかな雰囲気の中にレオニード・コーガンの音が溶け込んでいく。

◇ ブルーノ・ワルター指揮、コロムビア交響楽団
 冒頭のゆったりしたテンポに驚かされるが、すぐに、木管楽器の美しさに魅了される。弦楽器の響きも節度を保った輝きに満ちており、十八小節目以降のバランスの良さとヴァイオリン・アンサンブルの素晴らしさや、適度に引き締められた経過部の生命力、第二主題に入って、この指揮者の信条である「リート・ウント・タンツ」の配合の見事さに引き込まれる。時折祈りにも似た慈愛の心を感じるのはワルターの生み出す音楽では珍しくない。弦楽器も管楽器も心地良い調和を保ちつつ、終結部に向かってややテンポを落とし壮大に締めくくられる。そこに甘美な音色で登場するのはジノ・フランチェスカッティだ。

ミルスタイン
  ナタン・ミルスタイン

シェリング
  ヘンリック・シェリング

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