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レコードへのこだわり



仙台レコード・ライブラリー 社長 山田耕一

 身の回りでCD化が進み始めたときからレコードへの親しみが一層増し、思い止まず海外に出掛けて、直接レコードの買い付けを始めてから、早いもので20年を越えました。以下は、数年前に、レコードにこだわる自分の気持ちをまとめたものです。長い文章ですがご興味のある方はどうぞお読み下さい。

 偏執とも思われるレコードに対する姿勢に自問自答することの多いこの頃です。単に愛好する者の心だけでは割り切れず、商売を理由にすれば隠れ蓑のようにも思われます。音楽を聴く媒体として何故レコードにとらわれるのか、この媒体との付き合いを全とうするだけの強い支えをどこに置くのかよく考えてみようと思います。

 島崎藤村は代表作『夜明け前』の中で、1868年当時の欧米外交官たちの日本観として次のように書いています。「日本に高い運命の潜んでいることを言わない欧羅巴人はない。もし彼等日本人にして応用科学の知識に欠くることなく、機械工業に進歩することもあらば、彼らは欧羅巴諸国民と優に競走し得るものである、日本は文学上にも哲学上にも未知の国であるが、ここにある家屋は清潔に、衣服も実用に耐え、武器の精鋭は驚くばかりである、独創の美に富んだ美術工芸の類いに就いては人によって見方も分かれているが、兎にも角にも過ぐる三百年の間、殆ど外国と交通することもなしに、これほど独自の文化を築き上げた民族は他にその比を見ない。」

 文豪の含蓄ある筆致は正に現在の世界における我が国の位置を予見していると驚くばかりです。この歴史小説は徹底した資料の分析による事実に基づいたもので、この引用文も極めて客観性が高いと言えます。我が民族への評価を云々した文章ですが、レコードが音楽文化の一翼を担うものとして話を進めようとするに当たって、レコード文化を享受する私たち日本人の資質を定義して置きたいので大家の文を引用しました。ただし、筋金入りの維新時のそれと今の時代の資質に違いはあると思いますが、内実は変化は小さいとの妥協の下での引用です。


 『ザンギリ頭』で代表されるようにヨーロッパ文化は怒涛のように押し寄せてきました。多くの曲折と苦渋を経て我々の先輩はそれを受け入れてきました。衣食住を初めとし政治・経済・宗教・文化のすべてに亙っての大変化であります。以来、私たちは2度目の世紀の変わり目を迎えた今でも、ヨーロッパ文化を汲み尽せず咀嚼し切れずにいます。

音楽においては『洋楽』という名で普及しました。俗なたとえですが、洋楽の普及は洋服のそれと似ていると私は思います。戦後、日本人の体型は著しく変化したと言われます。現代の若者は幾分痩身であることを除けば欧米人に極めて近くなりました。それを包む洋服も同じものを同じように着こなしています。洋楽に置き換えれば、いまや伝統の和楽さえも洋楽の尺度をもって測るほどに、音楽と言えば洋楽が主流となり、日本人の耳はぼ完全に洋楽に感化されたようです。藤村の言う、「官軍の行進時に奏でる音楽さえ奇異に思えた維新時の驚き」が、やがて多くの先覚者を生み、機能和声法と純粋対位法を着実に身に付け、その後の音楽近代化においては欧米を揺るがすほどの誇るべき日本人も多く輩出するほどになりました。もはや我々は欧米人と同じ土俵の上に居るのでしょうか。

 洋楽発展において果たしたレコードの役割は、我が国においては殊の外大きいものがあります。クラシック音楽に的を絞れば尚更です。海外のオペラハウスでは臨席からフラグスタートの舞台の話が飛び、コンサートではフルトヴェングラーへの称賛も今もって聞こえてきます。この歴史と本拠地の強みは逆立ちしても得られません。でも、その分我々はレコードを聴きます、欧米人の何倍も集中して聴きます。応用科学の知識を得、機械工業の進歩の下、いまやレコード大国のレッテルを貼られるまでになったのです。


 『特殊』という面に光を当てて考えるとレコード音楽文化は興味深いものがあります。洋楽の源であるヨーロッパでの音楽文化は完全なピラミッド型です。これは文化の提供・享受の図式を考えた場合です。ピラミッドの裾野には愛好初心者やプロの卵が遍く広がり、彼らに支えられて、経験・理解・才能などの度合いで頂点に向かって埋め尽くされ、歴史や伝説となり得る評価を得たアーティストや作曲家が頂点を築いています。ここで、音楽文化を提供する側に絞って考えれば、レコードとして我々が享受した部分の殆どはピラミッドの頂点として占められているものと考えて良いでしょう。CDの時代になればこれは何倍もの広がりをもってきます。つまり、頂点の部分に至らないアーティストや作品にも容易に機会が与えられるのです。

 レコードへのこだわりを強く支えるものの一つは、レコードはピラミッドの頂点という特殊性、言い換えれば、特に演奏においてはヨーロッパ文化を代表するアーティストを網羅したものであるということです。もう一つ持論を加えれば「文化は繁栄に支えられて育ち、芸術は逆境とハングリーに翻弄されて深みを増す」と言うこと。二つの大戦に挟まれ、あるいはそれに前後して残された作品や演奏の充実は、言い尽くされた感もありますが、特に第二次大戦後のアーティストたちが、瓦礫の中に不屈の精神で立ち上がり、時同じくして現れたLPレコード録音への使命感に燃え、演奏芸術の極みを保存してくれた例は枚挙にいとまがありません。

 これが世に言う『巨匠の時代』。指揮者ならトスカニーニ、フルトヴェングラー、ワルターらの晩年であり、70年代に入るや多くの巨匠の君臨した黄金期を閉じた思いのするのは私だけでしょう。数名の巨匠では歴史は作れません。指揮者も歌手も器楽奏者も、偉大なる個性が林立し切磋琢磨して前半世紀の不遇を取り戻すかのように羽ばたいた輝かしい20数年間でした。


 さて、LPで復刻されたSP音源〔78回転レコード〕の比率は、CDで復刻されたLP音源の比率を遥かに上回ります。大方のSP名盤はLP化がほぼ完璧に成されました。これはSP・LP・CDの音源の量的な違いによるのですが、つまり、CDでは新録音と同時に、すでに量産されていた膨大なLPの復刻を進めることに限界があります。

 話は戻りますが、大戦前後の不遇な中にこそ不屈の芸術家たちは育ちました。演奏の機会に恵まれず、機会を得ても不完全だからこそ、彼らは少ない機会を貪りました。エルフリーデ・トレッチェルという我が国では知られていない薄幸な歌手は、1934年にドレスデンでデビューしました。1913年生まれの彼女は華麗に花開くべき年代に大戦を迎え、敗戦の不遇にあって、短いけれどもまばゆい輝きを残して40代半ばで世を去りました。ベームは彼女のスザンナを愛で、ザルツブルクで起用しました。カイルベルトと共演したルサルカを聴けば、目の前に妖精を見る思いがします。

 荒廃したタラの大地を前にして立ったスカーレット・オハラの熱き思いは、焦土の中にオペラへの情熱を燃やしたイタリア・チェトラと言うレコード会社と良く似ています。その原動力になったのは、才気溢れる指揮者マリオ・ロッシです。彼はトスカニーニによるスカラ座再生への要請を断りトリノに移り、凄まじい勢いでオペラの放送に没頭しました。敗戦国の、あらゆる面での不備を思えば、こうして生まれた50を越えるオペラの全曲放送録音(時間制限によるカット部分も多い)をレコード化したチェトラの功績は当時にあって奇蹟と呼ぶに値します。

 この二つの話は『復刻の限界』の例として取り上げました。つまり、トレッチェルはCD化されるには無名過ぎ、チェトラ・オペラは数が多すぎます。同時に『巨匠の時代』にあって埋もれさせてはならぬものの例として上げました。命を賭けるほどの強い意志の力で残された芸術、これこそ現代に欠けたるものではないでしょうか。


 最近は、国際化とか国際的とかの言葉や感覚がとても大切に思われています。新しさの象徴あるいは進歩的の証しとして高レベルの褒め言葉にも使われるようです。だが、私はその言葉には幾分危惧を感じています。それによって失われるものの大きさと多さと深さをです。

 五感の中で嗅覚と味覚は国際化に疎いのではないでしょうか。反対に視覚や聴覚は国際化に憧れるように思われます。これは嗅覚と味覚は異質なものに抵抗する、いわば保守的な感覚であり、視覚や聴覚は異質なものへの興味を喚起されやすい感覚とも言い換えられそうです。勝手な理屈にも思えますが、そう考えれば音楽文化や視覚的に見た文化の説明も納得が行きます。恐らく日本人の五感は徳川三百年で培われた特有のものであり、特に聴覚などは研ぎ澄まされた絶妙な性能を備えていたようです。

 私は仕事柄、欧米の愛好家の自慢のオーディオを聴く機会が多いのですが、日本人の愛好家の方が余程良い音を出していると思うことが度々あります。日本と欧米で違うのは空気と壁材です。洋楽は石や煉瓦で包まれた空間と、わが国とは比較にならない乾いた空気の中で育まれ、彼らは今なお同じ条件による恩恵に浴しています。

 素人考えではありますが、そのような条件で生み出された音は、決して長すぎぬ残響で、乾燥した竹を割ったように響き、木管楽器などの弾みのある表現にはたまらない快感をもたらします。ところが、彼らは有利に甘んじて音作りに精進しません。その点では、わが国の愛好家の努力は異常なものを感じます。その努力につれて恵まれた聴覚が蘇り、不利を克服して彼らを凌駕するようになったのだろうと私は思っています。

 これは国際化という大きな波の中では極めて小さいことかも知れませんがが、文化を単に同じ感覚で享受するのではなく、自分たちの変えがたい条件の中で、また、固有の資質の中で高めていくことの卑近な例として述べました。国際化の陰に潜む文化の同化作用と言う危険性から逃れる糸口の例として述べました。


 日本人は高レベルで異文化を継承・保持することに長けているが、独自の文化を生み出す能力に欠けると良く言われます。だが、印象派の芸術に与えた江戸絵画の影響を認めないフランス人はいませんし、世界に例を見ない『かな』文化の高さを評価しない者もいません。洋楽に例を取れば、武満の成功は『日本的』な文化に根差した所にありました。

 レコードの聴き方はある意味で極めて『日本的』だと思います。愛好家は、針を降ろす前の儀式がたまらないと言います。これが『日本的』なのです。管球アンプを暖める場合は更に長い儀式が必要になります。相撲の『仕切り直し』を例に取れば良く分かります。時には数秒で勝負がつくものが、その前の緊張感(溜め)で遥かに興味が増すのです。想像してみましょう。「ハイ次・・・ハイ次・・・」と、取り組みだけに終わったら、十番もしないうちに飽きてしまいそうです。事を成すに吟味を重ねる。また、好物を目の前にして、充分に食欲を高めてから賞味する。その心が分かるのは、まさに日本人ではないのでしょうか。経験上、欧米人はもっと手っ取り早い(合理的)と言えます。

 演奏にも『溜め』があります。指揮者の場合は分かりやすく、曲の頂点に向かって上り詰めた時や、緊張を孕んだ楽節を前にして、指揮者は力を溜めます。指先に、バトンに、表情にエネルギーを溜めます。そして極まった瞬間に最も効果的に感じた打点(空間のある部分)をバトンで叩いたり、手を振ったり下ろしたり撥ね上げたりするのです。

 そう考えると『溜め』の心はレコードだからこそ味わえる喜びであり、より密度の濃い高次元の鑑賞体験を得るための儀式とも言えるのです。同時に日本的な心に根差しているとすれば、日本人の文化観にレコードこそ相応しいという一面も見えてきます。我々は生まれながらに背に持つ蒙古斑をアイデンティティーとする日本人であることに、このような面でも誇りを持ちたいものです。


 取り立ててアナログなどと呼ばれなかった所に、ディジタルという言葉に対をなすものとして、アナログと言う言葉は、俄かにあちこちで聞かれるようになりました。機械音痴な私ですが、この二つの特徴をメンタルな意味でとらえてみると興味深いことが多くあります。

 レコード業界にディジタルの文字が登場したころ、DIGITALのロゴは妙に角張ったデザインが使われました。これは見覚えがありました。時計の文字盤に数字表示として使われる字体と同じだったのです。時計の世界ではずっと以前からディジタル化が進んでいたのです。今や長針と短針を持つアナログ時計は、数の上では歴史的になりつつあるのかもしれなません。

 駅舎の大時計や広場の時計塔はアナログ時計が好まれているように思われます。読み取りの正確さはディジタル時計にかないませんが、早さは勝るでしょう。瞬時にして「いま何時」かが、読み取れます。物忘れの早い私など、1分前にちらりと見た時計がディジタルなら、記憶を取り戻せないこともあります。しかし、アナログ時計なら、ずっと長い間、愛すべき二つの針の位置をイメージしています。しかも、針の位置は量としての時間をも伝えてくれると同時に、その動きには時間の経過さえ実感を伴っています。一秒毎のカチカチと聞こえる音があれば、まるで機械を越えた生き物のような存在感を持っています。

 カメラを愛する友人が言いました。「バカチョンと呼ばれた時代から始まって、今のディジタル・カメラでの撮影で、人間の判断は無用に近くなってしまった。すべて内臓された機能が高画質を保証してくれる」。彼は続け、「けれども、そうした最先端のカメラを駆使しているプロはいない」、と。肌を撫でる風と湿度、微妙な光の加減、ファインダーを通して探る解像度、シャッター・チャンスなど長年の感と経験が結実するには、操作領域の豊富な(アナログ)カメラに限るのだそうな。


 漱石全集が古本で二万円も払わずに買える時代になりました。それはシェークスピア全集と共に、学生時代は高嶺の花でした。今、200坪もある大型書店へ出かけても、歴史的な文学書は文庫本以外には中々見つかりません。これらは古書店で埃を被ったものが散見されるのみです。いわゆる書店というものの多くは志厚き人物がその業を始めたものですが、そのような人種は、辛うじて古書店に稀に見かける程度になりました。

 ハングリーな学生生活が当たり前だった時代に、新書版や文庫本なるものが生まれました。欧米では既にペーパー・バックが市民権を得ていました。人間の便利さや安易さに付け入ったような商売が次々と成功し、これに慣れれば後戻りは難しくなります。

 ヨーロッパでは本を大切にします。蔵書の習慣は我が国の比ではありません。文学書や楽譜に自分なりの工夫をこらしたハード・カヴァーをあつらえます。読めば良いというものではありません。寝転んで読むには不都合な重さであり、電車の中では持つにも骨が折れます。本自らが構えて読むことを要求するのです。ダンテやドストエフスキーや鴎外に限らず、気軽に取り組めるものではありません。これらは、未知に踏み込み無知を正し、時には命運をも変える力を持っている永遠の文化遺産です。

 容易に学んだことは容易に忘れると言う意味の諺は世界中にあります。書を読むことが友人の条件の第一と看破した歌もありました。先人の遺産をしっかりと受け止め消化するに相応しい姿勢があると考えることは間違いでしょうか。手ごたえのある読書は同時に満足感を生み、何事も疎かに扱えぬという気持ちも養うのです。

 果たしてここにアナログの世界を見ます。蔵書というに足る書物を読む行為に、レコードを聴くことと良く似た意識を感じます。


 エジプトでは大英博物館への批判が根強いようです。かつて略奪されたと考えられる蒐集品の返還を求める声であります。それは世界に類を見ない、この博物館の権威を根こそぎ奪ってしまうほどの量の古代史展示品への批判であります。これらが戦争の理由で、また、先進国あるいは大国の利権で奪われたことは歴史が裏付けているのですが、このことで人類の宝が保存に耐えたことも見逃せない事実です。桃山や江戸文化の逸品がアメリカに豊富なことも同様な事件と言えるでしょう。

 心情的に言って、このことには批判に回っていた私でしたが、ある日以来、我がことと照らし合わせて複雑な気持ちでおります。私のように年に10万枚ものレコードを輸入している者は極めて稀でしょう。レコードを文化財と考えて海外を駆け巡り吟味して手に入れたものを持ち帰る。その行為を時折大英博物館の例に比べ我が身の矛盾を感じることもありましたたが、取引という正当性を理由に心痛めることは少なかったのです。でも、知人より、「経済大国が資金力にものを言わせる行為に違いはない」、と指摘され、返す言葉がありませんでした。もし私がレコードは商品に過ぎず、経済行為以外の何物でもないとの姿勢であれば心も痛まないのでしょうが、なまじ文化財と考えるところから悩みが生じるのです。

 イギリス人ほど彼らの生んだレコード名盤への誇りをもつ者はありません。EMIやデッカの存在がレコード文化に及ぼした影響力は計り知れないほど巨大です。彼らは嘆いています。「いまや我々の生んだ名盤が日本や韓国に奪われている」、と。このことへの痛みを和らげる意味でも、個々の音楽生活ひいては精神生活の充足のために、私はレコードという文化財を尊重・理解して役立てていただきたいと願っています。幸い我が国のレコード愛好家の資質は、この方面での先進国を凌ぐ部分もあり、殊にレコードへの愛着の深さは世界の認めるところであります。


 レコード盤には表情があります。刻み(溝)の密度で音楽を想像し、ラベルのデザインにため息をつき、盤の重みに歴史を感じる喜び。ジャケットは更に重要です。手にとって見るに手頃な大きさであり、CDは適いません。多くの芸術家が作品としてのジャケットを生みました。ほこりが付けば払う努力、静電気が目立てば除去する工夫、保存にも気配りが必要です。「便利と言うのは不便なもので、今、私は参加できないでいる自分に淋しい思いをし、時々、私をもっと必要としている聴き方がたまらなく懐かしくなってくる」。これはリモコンひとつで操作できるCDが出現したとき、手回し蓄音機を相手に感じたことですが、LPレコードを聴く立場でも大きな違いはありません。オーディオの世界に目をやれば、レコードは更に聴く者の手や耳や目を必要とします。

 数え上げればきりのないレコードの美点を多面的に考察し、私は、レコードへの愛着が一段と深まった思いがしています。懐古趣味でも反動でもなく、物を大切にするとかのリサイクル意識でもありません。言わばレコードを失うことが、音楽ソフトという媒体に求める「心のよりどころ」までも失うような気がしてならないのです。

 頑強なベルリン・フィルの響きは遠い昔に失われ、ウィーン・フィルの雅趣も凋落してきました。国際化の影響を否定することはできません。そして、アメリカ人は自負しています。コンピューター化が進めば英語が世界を制覇し、他の言語は不要になるとまで彼らは言うのです。まさかと思っても、世の中の変化の速さはその不安を助長します。我が身の遠く及ばぬ社会に取り巻かれていることを感ずるにつけ、レコードへの思いはますます高まり、レコードが存在し続けることへの願いと、絶やさぬ努力を続けることへの決意が込み上げます。


 5年前の原稿を一通り修正したところで、最近とても強く感じていることを加えようと思います。たかがレコードに対して、ピカソと比べることは笑われそうですが、これは、単にレコードを愛好する者の戯言ではないと、私は本気で思っています。

 物質面でも精神面でも、我々の生きる現代社会に確かな繋がりを感じるのは、世界史的に見れば、エッフェル塔が作られた19世紀の終わり頃からではないでしょうか。これ以降 、最高度に文化の花が咲き誇った事例をふたつ挙げることができます。

 ひとつは、世紀末から第1次大戦までのパリです。ベル・エポックと呼ばれたこの時代、パリは文化の多くの領域において、世界の中心と見なされました。中でも、絵画においては、フォビスムが起こり、さらにピカソに代表されるキュビスムが登場したことで、文化は頂点に達しました。これらは、それまでの具象の文化を大きく塗り替え、抽象芸術という近代化のはじまりでもありました。音楽でもストラヴィンスキーが春の祭典を発表するなどの革命的機運に満ちた時代でした。

 もうひとつは、第2次大戦後のアメリカに開いた文化です。巨大な物質文明に支えられて、戦場となったヨーロッパを回避して移り住んだ途方も無い数の文化人に啓発されて開いた大輪の花です。ここで生み出されたレコードこそ、「ピカソ」に代わる象徴と言えるのではないでしょうか。LPレコードはそれまでの音楽生活を一変させました。と言うよりも、音楽が人々の生活の中に怒涛のように押し寄せてきたと言ったほうが良いでしょう。以後、文化国家の国民生活への影響力と普及度を考えれば、レコードをピカソと言う芸術遺産と同等に評価することに不都合は無いでしょう。