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海外レコード買い付け よもやま話



◆ サンフランシスコ

 第39回 2025年11月6日

 買い付け先はかなり増えた。ブリュッセルなど新たな魅力ある店が増え、イギリスではロンドン、ブライトンそしてリヴァプール、フランスではパリ市内とデュマゼール氏の別荘。アメリカではロサンゼルスに何度も出掛けるようになっていた。一年に4・5回は海外に出掛けるようになった。毎回10日前後の出張で買い付け量は5000枚を超えるようになっており、店番のためにレコードの詳しい社員を雇うようになった。同時に、他店では入手の難しいレコードが増えてきたために、通信販売はますます忙しくなってきた。バブルがはじける以前のことで、弊社のような末端の小売業も景気が良かった。そうした中で、全国に専門店は多かったが、アメリカ盤を取り扱う店が少なく、ロサンゼルスだけの買い付けでは顧客の要望に応えることが出来なくなってきた。
 ロサンゼルスへ行っていながらサンフランシスコへ出かけないのも勿体ない。遅まきながらそう考えて出かけることにした。シアトルも含めてアメリカの西海岸には日系人が多い。ということは日本食レストランが多いということである。ハンティングもさることながら、どこへ行っても中華と日本食抜きでは満足行く仕事もできない。ロサンゼルスもサンフランシスコも大きなジャパン・タウンがあって、私は行くたびに満たされた。サンフランシスコは、本土から半島のように突き出た土地で、北に有名なゴールデン・ゲート、半島の中央に東西を貫くマーケット・ストリートという市電の通りがあり、北側はカー・チェイスなどの映画やケーブルカーで有名な山の手で坂道が多く、南側は平坦で碁盤の目になっている。ちなみに、南側は治安が悪いと聞いていたので、私は北側の中心部に近いところに宿を取るようになった。

 第40回 2025年11月13日

 ロサンゼルスとサンフランシスコは飛行機で1時間半だ。この二つの町はどちらもレコードで溢れていた。それぞれに一週間の滞在では回り切れないほどの取引先が出来ていった。早い時点で三週間かけて二つの町に出掛けることが多くなった。もう一つの理由がある。それは、買い付けたレコードを日本へ送る場合の経費である。集めたレコードを別々に日本に送るよりもまとめて送った方が大分安く上がる。つまり、ロサンゼルスで買ったレコードをサンフランシスコに送って一緒に日本に向けて出荷する、あるいはその逆である。こうして、私のアメリカ西海岸での買い付けは、ヨーロッパと並ぶほど重要になっていった。理由はわからないが、同業者でアメリカに出掛けているところは稀だった。こうして、私もお客様もアメリカ盤そしてアメリカの初期盤に詳しくなっていった。
 西海岸ではまだ慣れない頃、何度か怖い目に遭った。サンフランシスコの目抜き通りでたむろしていった男たちの傍を通りがかった時、ナイフをちらつかせた男がいた。暗くなってからの外出は避けていたが、用心していても避けられないことが多かった。タクシーはいわゆる無免許の“白タク”が多かった。ロサンゼルス空港に向かっている時、山の手をぐるりと遠回りされたことがあった。人気のないところを通った時に運転手が言った。「この辺の輩は、20ドル欲しさに人殺しをやる。車が故障したら大変なことになるぞ」と脅かされた。また、レコード店で200枚ほど買い付けたものをタクシーで運ぶために、3つのダンボール箱に分けたものを一個ずつ道路際まで運んだ。それを見ていた店主が奥から走ってきて、「No, This is America」と叫んだ。つまり、アメリカにはその重い箱を担いで走り去っていくほどタフな奴が多いということなのだ。

 第41回 2025年11月20日

 サンフランシスコの東北端に、ひっそりとやっていた『マジックフレーテ(魔笛)』というクラシック専門店があった。店主は年老いていたが、中々の物知りで教わることが多かった。後で知人から聞いた話だが、元々ボストンに住んでおり、相当のコレクターだった伯父さんに教わったことが、この店の開店に繋がったらしい。今では顔も覚えていないが、私はこの店主から多くを教わった。残念なことに、私が通うようになった1~2年後には廃業してしまった。サンフランシスコはボストンと並ぶ文化都市であり、例えば住宅などもヴィクトリア様式の素晴らしい建築をよく見かけた。その後東海岸や北のシカゴそして南のフロリダまで足を延ばすようになっても、私の頭には、『魔笛』を凌ぐ専門店は残っていない。幅4メートルほどの間口に降ろされた格子型のシャッターの前で開店を待った頃が懐かしい。
 サンフランシスコの町を東西に貫く大通り、マーケット・ストリート界隈にはレコード店が多かった。クラシックを持つ店だけでも5~6件あった。但し、大きな店でもクラシックの在庫は5000枚程度なので、一日あれば見終える。開店時間は殆どが10時であり、遅いところは午後1時のこともある。私のハンティングは開店時間の最も早い店から始まる。ここで、日本では考えられないルーズさに泣かされることが度々あった。つまり、開店時間に行っても、延々と待たされることである。勿論入口の扉には何の表示もない。ヨーロッパでは経験の少なかったことがアメリカでは茶飯事である。大型店では常に正確だったが、個人営業の店に限る。一時間を超えて待っていた客に対して、遅れてやってきた店員は悪びれる様子もなく、時には待っていた客に目も向けずにゆっくりと鍵を開ける。こうした無礼な店はほとんど決まっていたので、私は朝一番で行くのを控えるようになった。

 第42回 2025年11月27日

 サンフランシスコはボストンと並ぶ文化都市だが、ユニークな面もある。ポーク・ストリートと言う通りには面白い名のレコード屋があった。「ルックス・アンド・ベコーズ」と、何のことか首を傾げるが、ブックとレコードの頭文字を入れ替えたもので、本とレコードを扱っていた。南北に延びるこの通りを地図を片手に探していたら、通りがかった人に言われた。「気を付けて行きなさいよ」と。意味が分からなかったが、通りに入ってすぐに気づいた。男同士連れだったカップルがやたらと多く、時には道端で抱き合っている者たちも見掛けた。後になって店のオーナーに言われた。「この街はホモが容認されているんだよ」と。これは進んでいる街だと半ば感心してハンティングを楽しんだ。だが、抱き合っている男同士を見るのは余り気持ちの良いものではないので、この店はやがて疎遠になった。
 同じ様に寛容な町がヘイト・アッシュベリー。これは二つの道路の交差点付近が1960年代にヒッピー発祥の地と言われているからだ。ベトナム戦争の世情不安を受けて、若者たちの間で厭世観が広がり、いつの間にか溜まり場になった。交差点を示す道路標識の前では、若者が大勢シャッターを切っている。いまでこそヒッピーは見掛けることが少ないが、見るからにそれと分かる若いホームレスが(多くは愛犬を連れて)道端に座り込み、中にはギターをかき鳴らしている者もいる。私は近くに「リサイクル・レコーズ」という恰好な店を見つけたので、その付近を歩くことが多くなった。その店のオーナー、ブルースはクラシックに詳しいわけではないが、サンフランシスコの業界の中では名が通っており、私には殊の外親切だった。1980年代半ばにもなり、私の海外買い付けも板についてきた。品揃えは格段に良くなり、レコード芸術誌には定期的に広告を出せるようにもなっていた。

 第43回 2025年12月4日

 サンフランシスコは北に延びた半島で、南は陸続きになるが、北へ向かうにはゴールデン・ゲイト・ブリッジを渡り、東へ行くには長いベイブリッジを渡ることになる。ゴールデン・ゲイトの北は山がちな上に基本的に住宅地となっており、レコード・ハンティングは見込みがない。それを越えて北へ行けば、アメリカで一番のカリフォルニア・ワインの産地となる。ベイブリッジを渡れば、北側は有名な大学のあるバークレー、南側はオークランドとなる。この二つの町、特にオークランドには数件の良い店があり、私は宿を取って数日間滞在するようなった。こうした時、梱包を済ました20箱程度のレコードは運送会社に頼んでホテルから空港エリアにある会社の倉庫に運んでもらう。また、サンフランシスコにはバートと呼ばれる地下鉄がありこの二つの町を結んでいるので便利だった。
 勿論メインはサンフランシスコの中心部であった。名物オーナーのいた「魔笛」が廃業しても、良い店は多かった。サンフランシスコとロサンゼルスでの買い付けはほぼ互角だった。ヘイト・アッシュベリー交差点近くにあるロック中心のリサイクル・レコードは繁盛しており、ヒッピーで賑わっていた。そんな店にクラシックは似合わないのだが、店主のブルースは出掛けるたびに地下に山ほどのクラシックの新着を用意していた。それらの半数を選ぶのが私の買い付けペースだった。私が選ばなかったレコードの山は、処分方法があったのだろう。何故なら次に出かけた時は前の在庫は無くなっており、新着の山が用意されていたのだ。一休みに近くの喫茶店へ行く途中いつも見掛けたのが街路樹の花を目当てに飛んでくるハミング・バード(ハチドリ)だった。体長8センチほどの小さい鳥が目にも留まらぬ速さで羽ばたき、空中に静止して長い嘴で蜜を吸っている光景は絵になった。


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