80年代のマンハッタンは荒れていた。国民のうっ憤は経済大国日本に向けられ、迷惑な話題は尽きなかった。だが、私はレコードを購入する客としてどこでも大歓迎された。現在の円安など考えられぬ時代で、円はどんどん上昇した。ドルは比較的安定しており、いつでも1ドル=110円前後。荒れたマンハッタンを象徴するものはいろいろある。例えばマンハッタンの中央部ほど凸凹の多い車道は無かった。直すための公費が無い。ニューヨークのタクシーは“ラビット”と呼ばれた。でこぼこ道を飛ばすので兎のように跳ねたからだ。私は弾んだ拍子に天井に頭をぶつけたことが何度かある。そしてよく見かけたのは“ジョンカー”。分かり易く言えば廃車同様のぼろぼろの車だ。一昔前は格好良く走っていたキャデラックが錆びだらけ凹みだらけで我が物顔で走っていた。  「ホテルは安全を買え」と言う言葉がある。良いホテル内で犯罪に会うことは少ない、あるいは中程度以上のホテルは安全だ、を意味する。だから、経費がかさんでも比較的良いホテルを選んだ。安全のためにマンハッタンでは出来るだけタクシーを使った。タクシーは全て黄色に統一され、“イエロー・キャブ”と呼ばれた。ロバート・デ・ニーロ主演の「タクシー・ドライバー」は私が良く行った頃のマンハッタンが舞台で、とても怖いニューヨークの恥部が描かれている。映画を見ている間頷けることが多かった。荷物の無い時は必ず助手席に乗った。行き先を指示しやすいし、時にはドライバーと話が弾んだ。それでも、悪徳ドライバーに遭うことも多い。特に空港への往復は痛い目に遭うことが多かった。遠回りされたり、メーターが壊れているなどの理由で高額な運賃を要求された。だが、多い時は500枚ものレコードを運ばなければならないのでタクシーは必要だった。