1980年代のニューヨークは荒れていた。貧困層が多かった。怖い話をたくさん聞いていたので、私は地下鉄を利用したことがない。地下鉄無しでは仕事にならないロンドンとはまるで違う。中央部の北側に広大なセントラル・パークが広がり、その東側は美術館が多く、西側はメトロポリタン歌劇場や、ニューヨーク・フィルの本拠地エイブリ・フィッシャー・ホールなどがある音楽エリアとなる。カーネギー・ホールはセントラル・パークの少し南側中央である。街を歩けばそれらの会場の演目ポスターが嫌でも目に入る。私は海外買い付けを始めて最初の10年間ほどは、ほとんど演奏会へ行かなかった。仕事本位に考えれば何か後ろめたく感じたからである。だが、根っからの音楽好きなので、次第に足を向けるようになったが、その話題に触れれば“買い付け話”から遠のくので別の機会にしたい。  ニューヨークで最初に入ったのは「G&A」というマニア向けの店だった。屋号は店を共同で始めた二人のイニシャルである。ビルの2階にあって、この二人が一緒にいることは少なかった。ここの品揃えには驚いた。これまで最も品揃えの良かったロサンゼルスの「クラシカル・レコーズ」を越えていた。だが、価格にはもっと驚いた。時にはわが国での価格を越えていた。これでは商売にならない。私が熱心に探しているのを見た店主は、「たくさん買ってくれるなら三割引きにしますよ」と言ってくれたが、それでも割に合わない。私は昼食を挟んで店の在庫の半数ほどに目を通した。価格を考えれば決断を要するタイトルばかりだった。レコード選びの時は顧客の顔がよく浮かぶ。「喜んでもらえそうだから、利益が取れなくとも買おうか」、と言う考えは甘い。帰国後検品・試聴したところ傷や雑音があったら原価も割ってしまうのだ。結局30枚ほど買って店を出た。