私は運転免許証を持っていない。どこの店にも海外から買い付けで訪れる客はいるが、車を持たないことで珍しがられる。しかも、手に提げて帰れる量を買うのではなく、時には500枚を超えるのだ。そんな数の場合は、タクシーを呼んでもらって、ホテルに運ぶ。タクシーが来ない時はメイン・ストリートまで歩く。手で曳くキャリアーに目一杯積んでの移動は結構骨が折れる。ホテルを出る時の出で立ちは、畳んだダンボール箱10個程度にキャリアーだ。このキャリアーは決して丈夫ではない。いや、私の使い方がキャリアーの耐用範囲を超えているのだ。50kgのものを積んでの頻繁な異動は想定していないだろう。例えば、空港でチェック・インの時、重量の限度は20kgだ。そのため、必需品であるキャリアーは3度までの出張にしか耐えられない。  この頃の海外買い付けは年5回ほどのペースだったが、同じ町へ続けていくことで、在庫品の入れ替わりは目立って少なくなっていった。西海岸、イギリスそしてパリ。私が考え続けていたのはニューヨークだった。何故なら、私の店ではアメリカ盤の需要が極めて高く、お客様からニューヨークの情報を戴くこともあった。だが、その頃のニューヨークの治安は極めて悪かった。発砲事件がニュースになることも度々だった。しかも、飛行時間が長いのも気になった。重い腰を上げたのは、下調べをしていてニューヨークにはコレクターを唸らせるような凄い品揃えの店が数件あるということを知ったからだった。数か月後、私はマンハッタンの中心、タイムズ・スクエア界隈にあるホテル・エジソンの受付カウンターの前に立っていた。古い建物だが40階もあっただろうか。近くのブロードウェイには芝居小屋が立ち並び、「ミス・サイゴン」や「レ・ミゼラブル」をやっていた。