ブリュッセルはチョコレートと刺繍で有名だ。目的の店へ行く途中に刺繍店はたくさんあったので、妻のために少し買ったが、チョコレートはいつも無視した。ちょっと方角を変えて歩けば観光客が集まる広場グラン・パレスがあり、その先はオペラ・ファンなら夢にまで見るモネ劇場がある。私が何よりも行きたかったのは駅の傍にある王立美術館で、たくさんのブリューゲルが並んでいる。どの町へ出かけても誘惑は多い。今になって大いに後悔しているのだが、当時の私は仕事一筋で、演奏会も美術館も頭になかった。町の中には広告が溢れており、日本の半額以下で楽しめる演奏会がどこでも行われていたが、それらを素通りして私はレコード・ハンティングのことしか頭になかった。当時、日本人はエコノミック・アニマルと騒がれていたが、私はこの嫌いな言葉に当て嵌まっていたのだろう。  さて、目的の店「デ・ポッド」に着いた。大きなショー・ウィンドウに本やおもちゃが並べられ、僅かにレコードもあった。開店時間まで時間があったので、通りの向かいでコーヒーを飲んだ。窓越しに「デ・ポッド」を眺めていたら、ちょっと太ったおばさんが現れて、店を開けて中に入っていった。私も立ち上がって、テーブルにコインを置くや、道を横切って店に入った。「ボンジュー・マダム」と声を掛けて、トローリー(携帯型台車)と小さな荷物を預けて、「レコードなら2階にあるわよ」の声を聴いて階段を上った。2階はレコードで埋められていた。勿論、デュマゼール氏ほどの数ではないが、オランダ・プレスのフィリップスやドイツ・プレスのグラモフォンが沢山あるのが嬉しかった。何故ならイギリスやフランスでは、それぞれ英プレスや仏プレスのものが多かったからである。即座に思ったのは、オリジナル・プレスを探すにはやはりオランダやドイツに行かなければならないのだと。