扉を開ければ短いトンネルのような薄暗い通路があり、両側に数段の階段を持った入口。奥の方は広い庭が開けているように見え、その後、フランスの古い住居の多くがこうした建物だということが分かりました。家に入れば奥様のお出迎え。いかにもパリ風の品の良い方で、華奢な手を差し出されたので軽く握手をしてお辞儀も加えました。多くの外国人は日本人のお辞儀に慣れていないのですが、この方は、にこりと笑ってお辞儀を返しました。私はその仕草がとても美しく見え、すぐに好意を持ちました。彼女がステレオ初期に多数の録音を残したパリ・オペラ座のプリマ・ドンナ、ルネ・ドリアその人であることは直ぐ後でデュマゼール氏が話に加えたことで分かりました。レコード・ハンティングにはこのように夢のような出会いもあるのです。  レコードはちょっとしたスペースにも山のように積んでありました。ハンティングに訪れる人は殆ど無いようで、壁一面に収められたものだけでも2万枚は下らないでしょう。私は溜息とやる気が同時に出てきて、早速レコードを選び始めました。耳にしていたフランスの古い名門レーベルが次々と出てきます。何より先に価格を確かめなければなりません。深く考える様子もなく、デュマゼール氏がさらりと提示した金額に私は耳を疑いました。彼は相場を知らないのではなく、欲が無いのでしょう。すっかり気が大きくなった私は拍車を掛けました。選んだレコードは100枚くらいまで重ねていきますが、その山は一つ二つと増えていき、6つほどになった頃は日が落ちていました。その間デュマゼール氏は顔を見せずに、時折奥様が飲み物やお菓子を届けに来ました。どうやらご主人は出掛けていたようです。一日では見切れない量に、私は明日の約束をして家を出ました。