「地球の歩き方」という国別に分かれた旅行案内の本は熟読し携帯しました。中には多くの旅の経験談や注意事項が書かれており、たくさんの事例が載っていました。空港から出ていたパリ行きのバスは「オペラ座」前が終点でした。その頃は多くの旅行者と同じようにキャスター付きのカバンを引きずっていた私は、バスを降りるやすぐに後ろから来た中年の男に早口で声を掛けられ、カメラのシャッターを押されました。それはポラロイド・カメラで、私の写った写真を取り出した彼は、「あなたの記念写真だ、○○フランだよ」と言って手を出しました。私はとっさに気付きました。先の旅行案内で読んでいたものと同じ手口でした。私は「いらないよ」と言って跳ねのけましたが、執拗に追ってきます。少しして、彼がふといなくなったと思ったら、傍に立っていた警官が私に目くばせをしました。  チェック・インを終えるや、しばらくはパリの地図とにらめっこ。足を運びたくなる名所が山ほどあり、デュマゼール氏との約束まで2~3日あったので街を歩きました。勿論、レコード店の下調べは済ませていたので、中心部を歩いて数件の店で買い物をしました。パテ赤枠ジャケットがやたらと目につきましたが、慣れないフランス・フランの換算で頭が混乱。これは、ユーロ統合の前の話なのです。さて約束の日、胸をときめかせてホテルを出ました。向かったのはバスティーユ。そこから北に延びる細道ルー・ドゥマンシュ。これは突き当りにムーラン・ルージュがあります。長い道路の中ほどで、住所番号を見てベルを押すや、少しして壁半分くらいの大きな扉が空き、笑顔の初老の男が現れました。「ムッシュウ・ヤマダ」~「ウィ・ボン・ジュール」と簡単な会話を交わすや、彼は私を中に招き入れました。パリの住宅は殆どがアパルトマン(集合住宅)。彼の家は一階でした。