イギリスでの買い付けが5年を超えた頃、お客様との会話の中で、アメリカのレコードの話が頻繁に出るようになりました。私の仕事はお客様の求めに応じて世界のレコードを集めることだと考えていた私はその話を耳にする以前からアメリカでの買い付けには興味を持っており、積極的に情報を集めていました。当然買い付けに出掛けねばならぬと思っていた折も折、ロサンゼルスからFAXが入りました。それを読んで私の心は浮き立ちました。「あなたはトスカニーニのレコードに興味を持っているようですね。私の店にはたくさんのアメリカ・トスカニーニ協会盤があります。是非お出かけください」といった内容です。かつて私はロンドンの英トスカニーニ協会盤を制作していたマイケル・トーマス氏より、たくさんの協会盤を買い付けたことがあり、それを広く販売するために「レコード芸術誌」に広告を出したことがありました。アメリカの業者は、どうやらそれで知ったようです。  アメリカにもっと早くに出掛けなかったのには大きな理由がありました。治安の悪さへの心配があったのです。今ほどクレジット・カードが使える時代ではありませんでした。多くの店では現金を要求しました。そのため私はいつも懐に大金を入れていなければならなかったのです。あちらこちらで発砲事件が起きる都度、日本のテレビでも報道されましたが、報道されない数多くの事件が日常的に起きていました。西海岸とニューヨークはとても危険でした。しかし、輸入レコードを取り扱う限りは、アメリカ盤を扱わないわけには行きません。RCAリヴィング・ステレオやブルーノ・ワルター、そしてウェストミンスター盤は皆が欲しがっていました。私は重い腰を上げました。腹帯にぐるりと大金を忍ばせてアメリカに向かったのです。目的地は映画ファンには夢の街ハリウッド。