マーシーサイドのコレクターの家ではレコード選びに時間がかかりました。見るもの見るものがレア盤であり、傷んだものを買ってしまったり、後期プレスのものを買ってしまったら大変だからです。加えて、にやりと笑った表情で私の顔を覗き込み、Mr.J.Hは私が手にしているレコードの能書きを垂れるのです。私は安く買いたい、彼は出来るだけ高く売りたい。ブルー・シルヴァーやラージ・デッカのオリジナルを手にして、いわゆるネゴシエイト(価格交渉)が続きます。いったん断っておいて、後になって思い出したように新たな価格を言い出すことで、心理的に買い付けが成功することもあります。この時は初めての経験でしたが、これから先はこうした取引が増えていきました。何故なら、私の存在はイギリス中のディーラーの間に広まっていったからです。  隣町にもう一人のディーラーが住んでいることは事前に知っていました。Mr.J.Hの友人で、マーシーサイドでの買い付けが終わるや、私はそのディーラーの家まで送ってもらいました。家には大きなホーン型の蓄音機が置いてあり、その音が私を迎えてくれました。流れてきた歌声に耳を傾けるや、私がSPにも興味を示しいていることを認めた新ディーラーは、往年の名歌手についての長話をはじめました。彼はルビニ・レコードのサイド・グレイ氏のことも知っており、彼自身復刻盤制作のためにニムバス・レコードなどにSP盤を提供していました。彼もまた多くの興味深いLPを持っていました。Mr.J.H.と違うのは、レア盤中心ではなく、声楽が大半を占めていました。私自身の好みと全く合致していたので、八千枚ほどのレコードを前に私の心は踊りました。こうしてロンドンやブライトン・ホーヴに加えて、リヴァプールも私の必見ポイントに加わったのです。