イギリス人は料理を好まないと聞いていたので、アランが台所で作り始めたときは驚きました。私は、グレイ氏と同じように、近所に食べに行くんだろうと思っていたからです。一つの皿にライスと煮込んだチキンを載せて持ってきました。「私のためにお料理を?」と大袈裟な身振りで感謝すると、彼はあっさりと笑みを返しました。とてもいい匂いがしたのですが、パサパサしたご飯は食べにくく、チキンもまた味の薄いものでした。日本人の私の好みそうなものを作ってくれたんだと思い、味わって食べました。とても喜んでくれたアランは、それから訪問する都度同じ料理を作ってくれました。彼の親切心を思えば、とてもレストランに行こうなどとは言えません。かと言って、どこかでファースト・フードを買い込んでいくのも憚られました。  私がレコードを選ぶ間、アランはステレオ装置のある2階の自室に籠って、書き物をするのが常でした。1996年、彼は『シュワルツコップのレコード』という大冊を出版しました。もちろん、わが国でも取り寄せることは出来ます。何よりもシュワルツコップの貴重なディスコグラフィーが掲載されています。彼のレコードの中には多くのイギリス人作曲家のものがありました。当時のイギリスではシャンドス、ハイペリオンなどの新興レーベルが人気で、いつ行っても彼のレコード棚には、それらが多数を占めていました。中には彼自身がライナー・ノートを書いたものもあったでしょう。私が注意深くレコード・ジャケットに目を通すのを見ていた彼は言いました。「あなたは本も書くの?」と。彼は何人かの日本人レコード評論家と付き合いがあるらしく、私も彼らとの付き合いがあるのではないかと興味を持ったようです。仕事柄、何人かは面識もあった私は、話題にしませんでした。