ホーヴの店から歩いて行けるところにコレクターの家はありました。それは住宅街であり、入口に『ルビニ・レコード』という看板が掲げられていました。アポイントメントを取っていったにも拘らず留守で、私は1時間以上も待たされました。あまり交通量の多くない道で、私の傍で止まった車の中から、長身の男が出てきました。いかつい顔を少し緩めて、「山田さんかね」とぶっきらぼうに言いました。頷いた私の背に手を当て、ついてきなさいという仕草。建付けの悪い古びた扉を開けて入るや、30畳もある部屋はレコードで埋め尽くされていました。私が名刺を差し出すや、彼は即座に言いました。「あなたの店のロゴ・マークは私と同じ蓄音機のデザインだね」と。かれは傍にあったレコードを取り上げ、そのマークを指して、「これは私が作ったんだ」と自慢げな顔をしました。  つまり、私はトスカニーニ協会盤を自作していたマイケル・トーマスに続いて、同じようにレコード制作をしている人に出会ったのです。そこら中に重ねられたり、あるいは崩れ落ちそうな棚に収められたレコードに目をやって、「好きな奴をどんどん選びなさい」と、長い顎で示しました。これまで、整理された店頭や、すくなくともその倉庫でしかレコード選びの経験がなかった私はすぐに腰を上げ、夢中で選び始めました。それは、オペラ好きの私には、これまでに無い感動的な出来事でした。彼は、サイド・グレイと言い、往年の名歌手の復刻盤を専門にリリースしている、『ルビニ・レコード』というレーベルのオーナーでした。そんな訳で、在庫の半分はオペラか声楽。私自身にとっては宝の山でした。タイトル、ジャケットの状態や盤面チェックなど、吟味を尽くしている私の様子を窺っていた彼は、時々笑みを見せるようになり、「コーヒーには砂糖を入れるかい」などと声をかけてきました。