私は30歳の時に店をオープンしました。この年齢で店を構えるのは並大抵ではありません。かつて東京にあったクラシック専門店『ジュピター』のオーナー、角田さんの言葉は今も耳に残っております。「レコード商売は仕入れに始まり仕入れに終わる」。これは今でも座右銘として大切にしています。東京の3つの輸入元は開店に当たって極めて好意的で、多くのレコードを委託品として提供してくれました。つまり、しばらくの間預かって、売れないものは戻しても良いということです。これは大きな力となりました。一方で、国内盤も揃える必要がありました。この仕入れは二通りあって、望ましいのは十社以上あるメーカーと個別に取引をすること。もう一つは星光堂という卸を通じることです。私は後者と契約をした上で、国内メーカーの一社一社と契約を進めていきました。  各社との取引には契約保証金というハードルがありました。ほとんどのレコード会社は30万円。公務員の給与の数か月分もする額を会社ごとに用立てるのは容易ではありません。今思えば恥ずかしい話ですが、開店初日の品揃えの中で、8割の日本盤はキング・レコードのものでした。何故なら、契約にこぎつけたのはキングだけだったのです。一方で、東京の輸入元の委託品が山のようにあって、何とか体裁を保つことが出来ました。そのことがお客様にとっては喜ばしいことで、「この店は仙台では初めてのクラシック専門店だ。輸入レコードが山ほどある」と高く評価されることになったのです。勿論、その後ゆっくりですが、日本のメーカーとの取引は進んでいきました。やがては、輸入盤と国内盤が同数の在庫となり、その後お客様のご要望に応えて、じわりじわりと輸入盤が増えてゆき、それに伴って、海外出張の必要性も高まってきました。