十数年前に生活していたシンガポールには、『RCA』という名のレコード小売店があって、そこには、アメリカRCA盤が溢れていました。恐らくはどこかの処分品を引き受けたものでしょうが、新たな入荷もあったことと店名を考えれば、直接アメリカのRCA社から流れたものでしょう。しかも、それらの価格は、すべて500円均一だったので、私は毎日のように通いました。片っ端からそれらを聴き進めるうちに、私はすっかりトスカニーニの虜になってしまったのです。今考えれば、不思議なことに再発売の廉価盤はほとんどなく、規格番号LMが中心で、オリジナル盤も相当数ありました。  さて、マイケル・トーマス氏の店に話を戻せば、大好きなトスカニーニの初めて見るレコードの山を前にした私は、シンガポールでのRCA盤を目にした時と同じほど興奮していました。マイケルが制作したLPは全部で25タイトルでした。それらが、箱に詰められて無造作に積み重ねられ、あるいは、そこら中に散らばっていました。私はタイトルに関係なく、すべての品目を20枚ずつ買いました。マイケルは2年ほど前からトスカニーニ演奏のレコード制作を中止しており、その間、メンゲルベルクなどをプレスしていました。勿論私はそれらも加えました。帰国後、レコードの到着までの間、この話は伏せていました。万が一、搬送に手違いがあっては困るからです。これは、その後の買い付け出張の心得になりました。湾岸戦争の時は、貨物船が攻撃を受けたという話もありました。ですから、英トスカニーニ協会盤の全容が、わが『ライブラリー通信』で紹介された時は、大変な話題になりました。