その後、ロンドンを中心に私のレコード買い付けは続きました。イタリア・オペラが大好きだったことにもよるのでしょうが、私が最も好きな指揮者はトスカニーニでした。先に書いたロンドンのファーリンドン・レコードでの話から、私は思わぬ情報を耳にしたのです。日本では貴重盤として知られていたイギリス・トスカニーニ協会レコードの話で、その製作者がロンドン郊外にいるという情報でした。その頃私は日本ワルター協会やブルックナー協会の一員でしたが、この話には浮足立ち、全日程を変更し、先方にはファーリンドン・レコーズを介してアポイントメントを取りました。  ロンドンの北西50Km郊外で小さなレコード専門店を構えるマイケル・トーマス氏を訪ねたのはその翌日でした。店の奥で背中を丸めてガサゴソと探し物をしていた老人はクレンペラーを一回り小さくしたような印象を受けました。鋭い目つきで私を眺めまわすや、奥に入って来いと言う合図。当時よく見かけた本に埋もれた古本屋のように、人がすれ違うのがやっとというようなレコードの山の間を通って、僅かなスペースにたどり着きました。興奮している私を見てトスカニーニ好きだと理解したマイケルは、急に優しい顔つきになり、マエストロ・トスカニーニの尽きぬ話が始まりました。私は午後遅くまでいましたが、客は一人も無かったように覚えています。私がパルマでトスカニーニの墓参までしていたことを知るや、マイケルの態度はがらりと変わり、急に腰が軽くなり、コーヒーも出してくれました。協会盤の話にたどり着いたのは、しばらく経ってからで、私もまた経験豊富な老人の話に夢中になって聞き入りました。目の前には明らかにそれと分かる白ジャケット入りの協会盤が積んでありましたが、それも忘れるくらいに味わい深い話でした。